川越古文書同好会

小江戸川越の古文書好きの集まりです!

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37―2
大目付
松平加賀守
松平大隅守
松平三河守   (最初の4行は写真略)
松平阿波守
松平越前守
松平大和守
松平左兵衛督
松平淡路守
松平大蔵太輔
松平兵部太輔
松平因幡守
溜詰
御台様少々御不例付、月番之老中以使者
御台様御機嫌相伺候様可被達候
正月廿三日
 
37―3
正月廿三日
水野越前守
松平讃岐守様衆ゟ通達在之候付、御宅罷出
御台様御不例付御機嫌相伺候処、御使者
被差出候趣可申上旨、御用人関善左衛門を以被仰
聞候
荒川善蔵
 
38―1
水野越前守殿御渡候御書付写壱通相達候間、
被得其意、御同席中不残様無遅滞早々
可在通達候、答之儀ハ先々従銘々不及挨拶、各ゟ
丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿三日      大目付
松平讃岐守殿
留主居中
 
38―2
大目付
御台様御不例付、為伺御機嫌明日松平加賀
守・忌松平三河守・松平阿波守・松平越前守・
松平大和守・松平左兵衛督・松平淡路守・松平
大蔵太輔・松平兵部太輔・溜詰・雁之間詰・御奏者
番・芙蓉之間御役人可有登 城候
一右之内病気・幼少之面々、且又在邑之面々使
者等差越不及候
一松平大隅守・松平因幡守ゟ使者差越候様可
仕候
右之趣可被相達候
正月廿三日

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(つづき) 御代々様申上候
ニ茂 御先祖様之御遠忌有之、格別之訳を以御歎キ
申出候上、御取調御故障無之分ハ御許容可被仰出候、
而者離散之者御所御免之義、親類ゟ申上度者
頭支配ニ而取しらへ、来ル廿日迄可被申聞候、乍然当
御時節之儀、只今帰参被召出等御歎申出候共(トモ)、此節其義
難被為及候事)…括弧内2ヶ所見せ消し
御評義不渡事共有之候、此段寄々可被申伝候
寛政九丁巳年八月九日、年寄詰所役々
相招キ、右之趣寄々申伝候様、月番年寄申聞之
且右被仰出付、町在ニ茂右様之者も可有之候
付、取調申出候様岩下小源太申聞之、表帳ゟ書ヌキ置也
 
※寛政九丁巳年(1797
※岩下小源太…町在奉行
 
当詰中人少付休息之間もなき程之処、第一
落合もよろ(ヵ)しく、すべよく出精出勤候段太義候、此段
あらため申聞候
半年交代て罷帰候側之者六人へ、改メ江戸居間
申聞ル、取合セ杉原但見、木村祐作ハ訳有之、此時分ヌケル
寛政九巳十月二日、


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中山道
板橋宿
板鼻宿
松井田宿
坂本宿
去ル未正月ゟ当亥十二月迄五ヶ年    軽井沢宿
之間、人馬賃銭都合四割五分増     沓掛宿
申付置候処、猶又来子正月ゟ      追分宿
来ル辰十二月迄五ヶ年之間、是迄    塩名田宿
之通四割五分増            八幡宿
望月宿
芦田宿
加納宿
関ヶ原宿
中山道
河渡宿
去ル午十二月ゟ当亥十一月迄中     河渡川
五ヶ年之間、船賃三割増申付
置候処、猶又当亥十二月ゟ来ル辰
十一月迄中五ヶ年之間、是迄之
通三割増
※河渡宿…岐阜県岐阜市
甲州道中
小原宿
去ル未正月ゟ当亥十二月迄五ヶ年    与瀬宿
之間、人馬賃銭都合四割五分増     吉野宿
申付置候処、猶又来子正月ゟ来     関野宿
(辰脱ヵ)十二月迄五ヶ年之間、是迄之通
四割五分増
右割増賃銭申渡間、可被得其意候
右之趣向々可被相触候
亥十二月
 
※小原宿・与瀬宿・吉野宿・関野宿…神奈川県相模原市緑区
 
36―3
御覚書
月番之老中・若年寄中対客無之朝諸
向ゟ願出之義、五時過出し候も在之候、先年相達
候通自今朝五時前迄差出候様可致候、且
又出仕断・予参断等猶更区々無之様可相心
得旨、寄々可被達候事
右之通寛政七卯年相達候処、近頃心得違
ニ而五半時差出候面々有之候、以来ハ朝五時前迄
出し候様可致候、若五時過差出候ハヽ、差返可申候
間、右之趣可相心得旨、寄々可被達候事
十二月
 
37―1
水野越前守殿御渡候御書付写壱通相達候
間、被得其意御同席中并御嫡子方江茂不残様
無遅滞早々可在通達候、答之儀ハ従先々銘々不
及挨拶、各ゟ丹羽近江守方可被申聞候、以上
正月廿三日         大目付
松平讃岐守殿
留主居中

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去冬已来之形合之処、落合も宜満足安堵之事候、殊
東都之義繁多相勤太義思候、此段皆へも可申聞候
大目附始番外迄表居間へ呼寄、弁て如此
申聞ル、委細表帳有之
寛政巳四月廿三日      ※寛政巳=寛政九丁巳(1797
 
直筆扣 川越・江戸同様之振合ナリ
去暮委細申聞候通之勝手向形合付、心外なから不得
止事、家中扶持方擬作申付候処、時節ヲ弁へ艱難取
続呉候段満足之事候、当暮ゟ之擬作迚(トテ)も知行之
姿而已て、別可為難渋察入候、何分当時節之
も候得、幾重も艱難を忍ひ、此上取続呉候様
頼事
惣家中へ
此節在府付右之意取つまみ弁て江戸之面々一統へ申聞候
て、執弁書相渡し遣候也、尤表居間へ呼寄
委細表帳有之
寛政巳ノ十月
 
此度重御法事有之付、為追福大赦被
仰出候様孝顕寺ゟ御勧メ被申上候  (途中)


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35―2
大目付
松平加賀守
溜詰
御黒書院
出礼之面々
右之面々明後七日於西丸
大御所様
御目見可被 仰付候、病気差合等之面々ハ出仕断
伯耆守差出候様可被達候、尤差出方之儀ハ都
御本丸月番差出候振合相心得候様、是又可被
達候事
 
35―3
大目付
明後七日
御本丸相済西丸御三家登 城之節於
御座間
大御所様 御対顔、且又松平加賀守・
溜詰・御黒書院出礼之面々
御目見在之候間、可被得其意、尤加賀守始右之
面々此段可被達置候
正月五日
 
36―1
脇坂中務大輔殿御渡候御書付写壱通、御同人
御覚書写壱通相達候間、被得其意無遅滞順達、
留ゟ丹羽近江守方へ可被相返候、以上
正月八日       大目付
御名殿
松平讃岐守殿
酒井雅楽頭殿
酒井左衛門尉殿
松平隠岐守殿
小笠原大膳大夫殿
松平越中守殿
松平下総守殿
右留主居中
 
36―2
大目付
東海道沼津宿外拾三ヶ宿并天龍川、中山道
板橋宿外拾二ヶ宿并河渡川人馬賃・船賃、
甲州道中小原宿外三ヶ宿人馬賃銭割増、左
之通可請取旨申渡
東海道
沼津宿
去ル未正月ゟ当亥十二月迄五ヶ年之間、 原 宿
人馬賃銭都合五割増申付置候処     油比宿
猶又来子正月ゟ来ル辰十二月迄五ヶ   興津宿
年之間、是迄通五割増         江尻宿
府中宿
丸子宿
藤枝宿
嶋田宿
金谷宿
見附宿
御油宿
赤坂宿
東海道
去ル未正月ゟ当亥十二月迄五ヶ年
之間、人馬賃銭・船賃共都合五割
増申付置候処、猶又来子正月ゟ     大津宿
来ル辰十二月迄五ヶ年之間、是迄之
通五割増
東海道
去ル未正月ゟ当亥十二月迄五ヶ年
之間、船賃都合五割増申付置候
処、猶又来子正月ゟ来ル辰十二月迄   天龍川
五ヶ年之間、是迄之通五割増

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