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石浜義則さんは、最後まで歯医者さんでした。
石浜義則さんが、亡くなったとき(天に召されたとき、父の御許に戻ったとき・・・)最後のことばは、少し疲れたから昼寝をする、というものだったとお聞きしています。それも、歯科診療か技巧作業が終わったあと、ちょっと疲れたから、ということでお休みなっている最中に、本当に眠るようになくなったようです。
記憶が定かでないのですが、なくなられたのは、私が高校2年生だったころなので、81年か82年だったと思います。調べれば分かるのですが、記憶が定かではありません。
最後のころは、例の、「命進呈します」というトラクトを配布する、しないということでなかなか理解が得られない(多分、普通の感覚の人には理解できにくい)ことからくる心労、結核による体力の消耗、15年戦争当時の悲惨な生活などから、体力が相当消耗されていたようです。中学生だったころ、お話しておられる石濱さんを見ながら、いつか話している最中に倒れるのではないかしらん、と思ってしまうようなことが何回かありました。また、毎日曜日のように三宮のセンター街でのトラクト配布など、無謀・無茶ともいえるような活動があったためだと思います。
本当に、イエスキリストの福音を伝えるために人生を燃焼しきったその生き方であったように思います。その近くにいながら、なかなか偉大さに気が付かなかったのも、事実でした。こうして振り返ってみると、本当に神に用いられようとした、神に人生を捧げた方なのだなぁ、と思います。
お葬式は、石濱さんが一生懸命奉仕した拠点となった神戸教会(神戸集会)で行いました。全国から多くの方が集まったようです。当時は高校生だったのと、神戸集会の中心であった石濱さんがなくなったショックで、なんともいいがたい気持ちになったことだけは覚えています。
葬儀が行われた結果、珍しく、集会所一杯になったお花と、それを持って帰ってください、と自ら体を動かしておられた奥様の姿だけがすごく印象に残っています。
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石濱兄の信仰の様子を伺って、自分の信仰の甘さにひどく反省させられます。失われゆく魂に対して、やはりよく祈り、熱くなりたいです。
とても励まされました。
2008/1/24(木) 午後 4:27 [ とき ]
熱くなる必要は、必ずしもないと思いますよ。ただ、失われ行く永遠のいのちについての真剣さは必要かと思います。人それぞれ違うので、みんな同じ方法論や同じありようを求めていくのは、まずいような気がします。
与えらえた場で、真摯な対応をする、ということがよいのかもしれません。きっとその場とその時期が与えられると確信していますよ。ときさんの為にも祈りますね。
2008/1/25(金) 午前 8:59 [ kaw*muk*ih ]
ありがとうございます!!
確かにおっしゃる通りですね
神様は石濱兄には石濱兄の境遇を与えられて
僕には僕の与えられたものがあるということですね。
ありがとうございます
2008/1/25(金) 午前 10:39 [ とき ]
そうだと思います。そのときと人を与えられると思います。あまり硬くなる必要はないと思いますよ。
コロサイ4章でも聖書は言います。
外部の人に対して賢明にふるまい、機会を十分に生かして用いなさい。あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。
賢明に、親切に。自分たちの主張だけを一方的に述べることが必ずしも、有効とは限らないようですから。与えられたときに、適切に。このことは大事かな、と思います。
2008/1/26(土) 午前 10:18 [ kaw*muk*ih ]