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石濱義則さんが話してくださった、お話の中で、最も印象的なお話の一つが、第二次世界大戦の前に、イエスキリストを述べ伝えることによって、逮捕された話です。
イギリスのブラザレンも、日本のブラザレンも、第二次世界大戦以前のもっともポピュラーな伝道方法は、路傍伝道とか、街頭演説でした。
今のようにメディアが普及し、よしあしは別として、Power for Living見たいにテレビコマーシャルを打てるわけでもなし、また、新聞などのメディアが限られ、それへの広告が資金的にも、制度的にも非常にやりにくい時代、何もなくてもできる伝道方法、それが、路傍伝道だったわけです。
昔は、失業者も何もすることがなく、街頭に仕事がないかたむろしていた時代ですし、家にラジオがあるのは限られた家だけ、娯楽自体も少ないとなると、路傍で話をしているだけで人が面白いように集まったようです。
社会自体ものんきなので、路傍伝道していると、集まってきたようです。少なくとも、イギリスでは、失業者が道にあふれていた時代、路傍伝道は有効なツールであったということが、Roger N. Shuff(2007)
Searching for the True Church: Brethren and Evangelicals in Mid-Twentieth-Century England (Studies in Evangelical History and Thought) に出てきます。
同じような話は、
Neil Dickson (2003)Brethren in Scotland 1838-2000 にも出てきます。
石濱さんは、人通りが多い新開地、陸軍関係の軍神とされていた楠正成を主祭神とする湊川神社の前、市営路面電車のターミナルのあった神戸駅前などで、主に街頭演説をしていたようです。
戦争が始まっても、そして、翼賛的な社会制度となっても、自ら信じるところにしたがって聖書とそこに示される神の話をずっとされておられたようです。その中で、特別高等警察(いわゆる特高)に目をつけられ、特に、神社批判、天皇を神とする翼賛的な社会のあり方の批判をする中で、逮捕され、留置場に収監されます。
記憶によれば、湊川神社で天皇制批判、現人神の批判をしたようです。1回目は特高も見逃したようですが、2回目は、確信犯ということで、2回目の批判の後、逮捕されます。
この続きは近日中に。
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