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ブラザレンは、聖書を虚心坦懐に読んで、そこから導き出される結論を、平信徒が述べるところに特徴があり、一部の教会のように小難しい理屈をこねたお話が少ないし、割と身近なところからお話が始まるので、平均的には、非常にとっつきやすく、分かりやすいことが多いということはあると思います。
とはいっても、福音のわかりやすさに関していえば、属人的な要素が影響がかなり影響します。それは、全てのブラザレンの信者が分かりやすく話す能力を持っているわけではないからです。人それぞれ、生活環境、生活文化、生活習慣、経験、考え方、思想的立場、家族背景、教養、基層文化、読んできた書物、好きな音楽が異なり、それらによって、話す内容、テーマへのアプローチの仕方、語り口がことなるからです。
ブラザレンは、ブラザレンならば安心といった雰囲気で捉えがちですが、必ずしもそうとは限りません。ブラザレンでは、平信徒が語りますので、語る能力が十分でない方が語る場合もありますし、準備ができていない方がかたることもあります。また、何十年前に作成されたと思しきメッセージノートに基づいて、同じ様なお話を繰り返しておられる方もおられます。テーマは、神が愛であるとか、個人個人を神が愛しているとか、永遠の命を神は差し出そうとしておられるといったようなメッセージが、様々なバリエーションで語られています。これは、福音の中心なので、その表現の仕方にうまい下手、準備ができている、できていないなどはありますが、テーマは変わりません。
場所によっては、街頭演説風、応援団風に神の愛を受け入れるべきだ、と大きな声をはり上げて、洗脳するかのように語るグループもありますが、穏やかに静かに私はこう思いますが、皆さんもお考えください、と語るグループもあります。このあたりは様々です。
思うのは、それぞれの教会(集会)ごとに、多様な方がいて、多様な形で語っておられればいいのですが、それぞれ教会(集会)で主に話す人の影響を強く受けるので、教会(集会)ごとにどうしても、その教会内では、誰が語っても話し方のスタイルは似かよってしまうように思います。
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