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ブラザレンの教会でも、イエスを知らないお客さんを招くときに洗練を求めて、外部委託で業者委託を始める事例も、最近は、結構増えてきました。
とはいえ、ブラザレンの教会(集会)がイベントをするときは、基本的にどうしても日曜日が選択されるわけですから、外部に委託するということもこれまた難しい話を抱えるわけです。
外部の人からすれば、何も深刻に気にすることはないではないか、という話もありますが、実はこれが結構福音宣教という面で、重要な問題との関連を生むことがあります。
基本的に
■日曜日に働く人には、数多くの神を第一とできていない人が含まれ、
■神を第一と出来ていない人は、神を知らない人である
ということになるわけです。
ということは、神の福音を伝えるべき人たち、我々が仕えるべき人たちをお金をはらってとは言え、仕えてもらっている(仕事をさせている)という一種の逆説的な状況が生まれるのですね。これが福音宣教を熱心にしようとするブラザレンの精神の根幹部分の神経、あるいは、その精神との矛盾を抱えることになります。仕事をしている人たちに福音を伝えなくていいのか、という疑問が出ます。あるいは、言い方を変えれば、ユダヤ人にとっての安息日と同じように重要視されるクリスチャンにとっての日曜日(でも根拠はかなり?)に他人に仕事をさせるなんて、クリスチャンとしていかがか、という律法主義的な発想に基づく意見もでる可能性もあるでしょう。
というわけで、日曜日にするイベントの外注は、意外と難しかったりします。
なので、ケータリングや食事会などを外注する教会(集会)では、土曜日にイベントをすることも多く、日曜日は自分たちで済ませる、というのが普通のようです。この辺が、集会の信者が、手作りを重視し、洗練性を犠牲にしつつ他の事業者にアウトソーシングできないところの原因のような気がします。
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