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欧米では、ヴェトナム戦争、イスラエルの建国と発展、公害の頻発、特にオイルショック、ニクソンショックの影響もあったのでしょうが、1970年代後半から1980年代に再臨が起きるのではないかという思想が生まれました。
ブラザレン運動の出発点自体、再臨を背景にした運動であったため、再臨は近いという一種の危機意識を背景として運動をしてきました。
1800年代の話はよくわからないのですが、1970年代のときは、子供とはいえ、その影響を強く受けたことは事実です。このころ、日本のブラザレンも、世の終わりが近いという危機意識のもとで生活をしました。再臨を語らねば、伝道者ではない、聖書を語る資格はないというような意識が生まれかなないほど、再臨への希求が極めて強いものになりました。
欧米でも、同様のことが起きたようですが、日本でも、高等教育への希望の有無、将来の準備をしない生活態度、どこの教会(キリスト集会)にいっても、預言について、再臨について信者同士が語り合っており、また、聖書のお話として、このようなことが語られることが多かったことが事実です。
旧オウム真理教(現アレフ)が、一時期富士宮の道場で、終末論を語る姿とその終末への準備などを語る当時の信者の姿を見たとき、デジャブを見たような気がしました。オウム真理教と同列に扱うのはどうか、という疑問は私個人にもありますが、その軽重は別として、ブラザレンも、集団ヒステリーにもう一歩で移行しそうな状態にあったような気がします。正直なところ。この問題を考えるとき、人間の弱さを感じざるを得ません。このことが、ブラザレンに対する偏見や誤解を生んでいったように思います。その意味で、非常に不幸な出来事だったと、個人的には感じています。
石濱さん(これは後に後述)も、この大きな流れから逃れることは完全にはできなかったことだけは記憶しています。
なお、現在のブラザレンの大半は、この反省を踏まえ、預言解釈と再臨説に関して、神経質といえるほど、相当慎重になっています。
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