|
今週発売のアエラの牧師の不品行の記事は、非常にショッキングな記事でした。このことについては、他のブログにも書かれているので、あえて詳細は触れないようにしようと思います。
とはいいながら、この記事を読みながら、というよりは、水谷さんのブログ
http://blog.chiisana.org/?eid=715835
や
http://blog.chiisana.org/?eid=716050
などを読みながら、指導者にきちんと意見が言える、ということが非常に重要かな、と思いました。とりわけ、ブラザレン自身、独自の道を目指す、世に従うよりは神に従うべき、という概念をもちやすいので、世間的な標準をやや軽く見る部分があるように思います。
特に、そのブログ記事の中で触れられていた「カルトを問い直す」(北海道大学文学部教授桜井義秀著、中公新書2006.1)の中で聖職者の性犯罪事件の今後の対策の部分は、参考になると思います。
今後の対策
1.伝統宗派でもこの種の問題の存在を認め、 防ぐ手立てを構築し、行動を起こす。
2.権力を縛るための工夫の必要性、下からの批判を可能にする組織作り。
3.社会運動の弱体化で自律的な組織作りのノウハウや組織内人間関係のかけひきに欠如した人間の増加傾向を意識し、宗教集団も組織の再編を練る。
4.市民社会の一員たる宗教団体に求められる公共性としての要件。
社会的必要性・公益性、社会的共同性、情報公開制、普遍的人権、手続きにおける民主制等が特に重要である。
とくに、2・3・4の部分は、参考になるかもしれません。われわれ集会の群れ(ブラザレンの教会の自称でよく用いられる表現、諸集会の群れと称する場合もある)は信仰を中心とした集団であり、宗教団体ではないから、という言い方は、個人の信念としては妥当であるかもしれませんが、他者をあまりに無視した言い方であり、それだけでカルトと判定されかねない危険性を持つようにおもうのは、わたしだけでしょうか。私の誤解や勇み足ならよいのですが。
なお、上の見解は、私の属する教会の公式見解ではなく、ブログ主の個人的見解です。
|