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シアトルの大会に行ったときに驚いたことのひとつに、その一角に書店があり、結構古いタイプの本が売られていたことでした。 |
アメリカのブラザレンでの経験
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こんにちは、ゲストさん
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シアトルの大会に行ったときに驚いたことのひとつに、その一角に書店があり、結構古いタイプの本が売られていたことでした。 |
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お久しぶりにコメント失礼します
私もアイアンサイドや、マッキントッシュの学びの本を探していますが、なかなか絶版のものも多く、苦労しています
しかし、彼らは有益な学びが多いですね
日本の集会に与えた影響も大きいのではないでしょうか。
2008/5/7(水) 午後 5:11 [ とき ]
コメント、どうもでした。
マッキントシュの英語のものは、英国で出版されているようですが、アマゾンなんかでは取り扱いがないようです。アイアンサイドは、1950年代までのブラザレンの歴史を書いているのですが、これが手に入りにくくって。
アメリカのアマゾンなんかの中古本を探すのが、確実なようです。
マッキントシュは、英国の信者が非常に重視したこと、日本でも伝道出版社がだしていることもあり、聖書とマッキントシュだけでよい、とある信者の方が『雲の如く』で書いておられたはずですよ。
個人的には、マッキントシュはあまり読まないですが。
2008/5/7(水) 午後 11:20 [ kaw*muk*ih ]
あと、もうひとつマッキントシュについて。
基本的に、マッキントシュが重用されたのは、19世紀から20世紀において自由主義神学の影響を受けていない旧約学者だったからです。日本では、旧約学の注解書そのものが少ないこと、出ていても、自由主義神学の影響があるものが少なくないので、この影響が見られないマッキントシュが重用されるのだろうと思います。
2008/5/7(水) 午後 11:39 [ kaw*muk*ih ]
先日学校でアイアンサイドの経歴を人名事典で調べたんです。
そしたらば
以下『キリスト教人名辞典』日本基督教団出版局1986年2月15日初版より引用
アイアンサイド・ヘンリ・アレン
Ironside henry (harry)allen 1876-1951
カナダの聖書学者。トロントに生まれる。1886年にアメリカのカリフォルニアに移住。正式に按手を受けなかったが、14歳のときから説教をはじめた。一時期救世軍に入隊して将校となったがプリマス・ブレズレンに加入(1896)50年以上にわたって広く旅行し、家庭訪問伝道者、大家伝道者、聖書教師として活躍。1924からムーディー聖書学院の講演会を開き、傍ら、25-43年ダラス神学校で教え、1930-48年シカゴのムーディー記念教会の牧師となる。ニュージーランド伝道旅行中に客死した。聖書的・大家的な書物・小冊子を60点以上も残した。
(以下略)
引用ここまで
2008/6/12(木) 午後 9:05 [ のっぞん ]
これを見たときにビックリしました。よその教派を行き来し、且つ牧師にまでなって、でも、ブレザレンとの交わりが断たれることもなく、各地を伝道してる・・・
オープンブレザレンの人なんだから当たり前なんですが、こういう経歴については伝道出版社からでている本ではほとんどふれられていないのですこし不自然なものを感じました。
2008/6/12(木) 午後 9:06 [ のっぞん ]
まぁ、もともと、教派の垣根を越えて集まろうとしたのがブラザレンということを考えると、アイアンサイドのあり方はひとつのあり方のような気がします。
伝道出版社からも、アイアンサイドの講解が出ていたような気がしますが、それ以外はでていないですね。伝道出版社は、イギリス系の方々の奉仕の結果できているものであることの影響かもしれません。アイアンサイドがオープンブレザレンだから、というよりはアメリカ人で、イギリスとの関係が薄いから、というようなきもしなくはありませんが。
この辺が、ブラザレンの独立性の結果の出来事のような気がします。
情報提供、どうもありがとうございました。
2008/6/13(金) 午前 10:02 [ kaw*muk*ih ]