ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンと預言理解

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■これまでディスペンセーション論に明確に触れてこなかった理由
 確かに、ディスペンセーション論とブラザレンの聖書理解には密接なつながりがありますし、多くのこのグループの信徒は、この理論に強く影響を受けてきました。しかし、そうであってもこの理論に触れてこなかった理由は、いくつかあります。まず、前回、前前回と触れたように、理論であるが故の危険性があるからです。包丁が、おいしい料理を作るためにも使われるのと同様、人を傷つけるためにも利用できます。それと同じように、ディスペンセーション論も、人々を福音にひきつけることができるのと同様、人を不必要な不安に陥れることもできます。これが、最大の理由です。
 ただ、別に、ブラザレンからこの理論が出たことを恥じる必要はないと思っています。ダービーが活躍した当時の時代背景、社会の現実を考えれば、ある面当然のことだからです。しかし、その理論を当時の時代背景から切り離して、理論を現代の社会に一人歩きさせることは、まずいかなぁ、と思います。ですので、この理論に関する私なりの整理ができ、ブラザレンの信徒の方が、必要以上に悩まないため、それぞれの方の信仰に不必要な疑念を挟むような説明にならないような説明ができるまで、思索的冒険を少し繰り返してきた、ということがあります。ただ、Luceさんのようなコメントが出なければ、この私の思索的冒険の結果を文章化してみようと思うこともなかったろうと思います。
 これまでぐだぐだ書いてきたことは、私の思索的冒険の結果であり、一部事実に基づいているとはいえ、推測に基づく部分がかなりあります。ですから、皆さんも批判的に考えていただければ、と思います。特に陰謀史観などにコメントしていただいても、お答えできないことのほうが多いです。答えられないのは、一次資料、二次資料などの資料が手元にないし、日本国内でそれを探すことが困難だからです。それぞれの方が、ご自身で資料をお集めになって、お考えいただいて、できれば、どこかでご発言、ご発表いただき、情報提供いただければ、より多くの方の益となる、と確信しています。
同胞組合(http://www.geocities.jp/nozzon0602/)という『のっぞん』さんのサイトがものすごく有益なのは、私にとっては、だらだらと長いなぁ、と感じたブロードベントの本のポイントだけを抑え、独自の調査データを整理してご提示いただいている点です。いち早く自分たちのあり方を客観的に整理してみようという『のっぞん』さんの見識とそのための努力には、心から敬意を払っています。どうも、この背景には個人的に直面された出来事があったようですが。
 
 あと、いくつかこの理論に触れてこなかったことには理由があります。それは、まず、非常に個人的な体験があるからです。私自身、触れたくない過去があるからです。でも、正直にここもお話しておこうと思います。私は、中学生の時に、この理論に基づく宇野正美さんという方のお話をテープに録音したものを聴きました。この方の著書も1冊だけ読みました。山本杉広さんが書かれた、預言解釈の書籍も読みました。もともと、批判精神だけはあっても、批判するための知識とそのための思考訓練ができていないおばかな中学生のことです。今でも、そうかもしれません。なので、きっちり、この理論に高校生の1年生くらいまではまりました。でも、別の教会に通っていたオーストラリア人の留学生のクリスチャン(当時彼も私も同じ学校の高校生)から、そのような預言を理解するための聖書的根拠は何か、と聞かれたとき、私は返事ができませんでした。調べました。その結果、聖書のメインのテーマではなさそうだ、ということに気付きました。だとすれば、そちらのメインのテーマを十分考えてみることが重要かなぁ、と思うようになったのです。なので、このテーマを中心にすえることをやめてしまいました。

 私が大学に入ってからは、現実の複雑さを知れば知るにつけ、ディスペンセーション論そのものよりは、聖書の奥深さを知り、もっと言えば、聖書を通して神との交わりの奥深さを知りたいと思うようになったからです。大学時代に、ロイドジョンズ、パッカーなどの著作に触れ、こんな考え方の人々がいるのか、ということに気付いたからかもしれません。このディスペンセーション論を極めるより、もっと大事なことがありそうだと個人的に思うようになったこともあります。ロイドジョンズ、パッカーなどの信者のように、聖書そのものを通して、神ご自身を深く知りたい、と思うようになったこともあるかもしれません。彼らの著作に触れていく中で、陰謀史観的な要素を含んでいた70年代末から80年代半ばの日本で語られたディスペンセーション論に基づく社会事件の読み解きのお話や預言への関心そのものが私の中で急速に色あせてしまった、というほうが正確かもしれません。この25年余り、所属したキリスト集会での講壇に立ち、福音のお話しする機会(分かりにくい話を忍耐をもって聞いてくださった皆様には、感謝しています)がありましたが、1980年以降、現実社会の出来事や新聞の記事を導入として福音を語ることを避けてきました。それほどまでに、私の聖書理解に大きな影響を及ぼしたのが、このディスペンセーション論でした。最近、ようやく冒険ができるようになりましたが。

また、大学時代に、このディスペンセーション論のお話の被害者ともいうべき方からお話を伺う機会があったことも、このディスペンセーション論への否定的な視線を強めていった、と思います。お話をお伺いした方(関東の男性信徒)ご自身は、ご自身が被害者とは、これっぽっちも思っておられなかったようです。私より年代的には10歳くらい上の方でした。今50代の半ばの男性信徒の方です。その方が高校生のころに、オイルショックを背景にこの理論が日本のブラザレンの教会(キリスト集会)でも、かなり大きく取り上げられていたそうです。その中で、再臨が近いなら、進学の意味は、勉強する意味は、という疑念を持ち、なかなか勉強に手がつかないという状況に直面されたようです。心を騒がせないように、それがイエスの教えではなかったか、と思うのですが、どうもあの時代はそうでもなかったようで。
 
次回、最終回です。


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