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来られた伝道者の略歴は、次のようなものです。去年のバミューダでのブラザレンの海外伝道カンファレンスから取ってきたものの翻訳です。オリジナルはこちら。
http://www.bermudamissions.com/v2/index.php?cat=2&subcat=13&presenterID=33
ザンビア共和国のプリマス・ブラザレンの指導的役割を果たす巡回伝道者・教役者。
チンゴラ州のチコラ中等学校在学中にイエスキリストを個人的な救い主として受け入れる。中央アフリカの聖書学校で、1年を過ごし、1975年にキトウィのザンビア林業短大で、林業を学ぶ。その後数年を公務員として過ごし、1982年からチンゴラ州チウェンパラ・クリスチャン・ブラザレン集会とカボンポ州のロロ・ゴスペル・ホールによって、妻ゲータルードとともに専心伝道者として推薦を受ける。その後、1982年から1988年までの6年間、チンゴラ州ムセンガで、クリスチャン文献出版(Christian Literature Press)で勤務。1989年に、妻とともに英国に留学。Wales Evangelical School of Theology ウェールズ福音神学校(ウェールズ大学University of Walesと共同で学位を授与する神学校)からアメリカ及びイギリスの映像を利用した伝道のあり方についての研究により、修士号取得。
で、今回の彼の話で、重要なポイントだったと思ったのは、オイルマネーを背景にしたムスリムの伝道活動の活発化ということです。従来、サハラ以北のムスリム系住民の多いアフリカでの活動と、海の通商を基礎としたと思われるアフリカ東岸でのムスリムの活動が出てきているのに加え、内陸部でも、ムスリムの伝道が活発化していることは、面白いことだと思います。ムスリムは、貧者への喜捨というのか、貧者への対応がかなり配慮されることもあり、貧しい階層が今なお多い地区では、かなりの影響力を持っていると思われます。
で、彼の話では、帝国主義時代に多くの宣教師たちが福音を伝えるためにやってきたという歴史を離していました。そういう意味で言うと、アフリカでの福音宣教は植民地支配と一緒にやってきた、ということができそうです。
ブラザレンの信者が最初にやってきたのは、1898年で、110年の歴史があることを話してもらいました。最初の頃は、海外から来た宣教師によって行われ、近年は、ザンビア国民の中から伝道者が起こされてきているとは言うものの、ザンビア人の伝道者は、福音宣教者という側面が強く、学びができる人が極めて限られ、学びができる兄弟は、ホワイトカラーの専門家(医師、弁護士、技術者)という英語がしゃべれる高等教育を受けた人物に限られること、収入を捨てて、宣教活動に移ることの困難性があるため、聖書のきちんとした学びができるザンビア人の宣教師が非常に少ないことが触れられていました。ザンビアの地元言語で集まっている集会では、福音宣教はできても、聖書の学びは非常に困難だ、という話がありました。
現在の若い層では、大学に行く人も増えてはいるものの、そこでは英語で教育がされるために、大卒者が集まる集会は、どうしても英語をしゃべる人たちの集会になってしまうこと。そこに聖書の学びができる人たちが、英語をしゃべる人たちに偏っているという話もありました。教育、というのは大きいのだなぁ、と思いました。
この辺の話を聞いたときに、植民地福音宣教の問題を考えさせられました。要するに、国民が2重に分けられ、英語をしゃべる人たちと、そうでない地元の生活をする2つの国民の層ができてしまうのだ、それが植民地支配を受けた国の今なお続く現実なのだ、ということを。
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Luceです。
>聖書の学びができる人たち
ということを2つの側面から考えてみたいと思います。
一つは、「学び」とはいいながら実は英語資料の紹介に留まっていて現地の人に伝わらないということでしょうか?せめて日本のように現地コンテクストでのローカライズをすればまだしもそれすらも無いということでしょうか?
もう一つは、階級社会の象徴としての英語ということです。階級間の交流ができない社会なのでしょうか?
もちろんこれらは仮説ですので実態は違うかもしれませんが。
ともかく、ザンビアのブラザレンのこと、祈りに覚えます。
2008/9/27(土) 午後 0:18 [ Luce ]
Luceさま、コメントありがとうございました。
川向です。
>英語資料の紹介に留まっていて現地の人に伝わらないということでしょうか?
多分、彼との話をしている限り、違うように思います。彼の話を聞く限り、聖書そのものとのずれを持たない聖書解釈というんでしょうか、メードインザンビアのキリスト教にならないための聖書理解というのでしょうか、ギリシア語やヘブル語のテキストに根ざしながらの聖書解釈といったほうが良いようです。どうしても現地語聖書翻訳には、翻訳者の解釈や、完全なギリシア語のテキストの持つ意味合いを伝えきれない部分があるので、それを補うような学びができる兄弟の分布が英語を話すキリスト集会(教会)に偏在する、ということのようです。
聖書自体は、現地語でのテキストに翻訳されているようですが、その意味で、宣教師が聖書研究の重荷を持ちすぎた、ということもあるためか、聖書講解などの書物などの翻訳は、これから、ということのようですから、その辺も微妙な影を落としているようです。
2008/9/27(土) 午後 1:18 [ kaw*muk*ih ]
引き続きのお返事でございます。
>もう一つは、階級社会の象徴としての英語ということです。階級間の交流ができない社会なのでしょうか?
これは、違うみたいです。それぞれの部族言語があり、英語を話す人たちは部族言語もしゃべり、英語も話すということのようですから、階級社会に分化しているということではないようです。ただ、部族言語のみをしゃべる人たちは、高等教育を受けていないことが多く、その意味で、聖書の深い学びをしていてもそれをうまくプレゼンテーションできないがゆえに、高学歴層の人々にアピールする力を持ち得ない、という問題(高学歴化する社会とブラザレンで触れたとの類似した問題)が発生しているようです。
いずれにしても、お祈りありがとうございます。明日まで京都にいるようなので、京都のキリスト集会に集っている親類経由でLuce様のことをお伝えしておきます。
2008/9/27(土) 午後 1:20 [ kaw*muk*ih ]
ご丁寧な説明ありがとうございます。
「学ぶ」というのは「ギリシア語やヘブル語のテキストに根ざしながらの聖書解釈をする」という意味ですね?
2008/9/27(土) 午後 7:35 [ Luce ]
Luceさま コメント感謝します。
>「学ぶ」というのは「ギリシア語やヘブル語のテキストに根ざしながらの聖書解釈をする」という意味ですね?
はい、ご指摘のとおりでございます。まず、『学ぶ』というのは、「ギリシア語やヘブル語のテキストに根ざしながらの聖書解釈をする」という意味です。それと同時に、聖書理解を深めていくための書物へのアクセシビリティという意味もあるように思います。
もちろん、聖書も重要ですが、それと同時に、交わりの一環として書物を読むことにも一定の重要性があると、個人的には考えています。特に、霊性を深めていくためには何らかの形で信者との交わりが必要ですが、他の信者とはなれて伝道していく中では、これが望みにくい。それを補うものとして、現地語で読める書物というのは個人的に大事だと思います。単に知識の収集手段、伝道話の種とするのではなく、聖書を考えるためのヒント、自分の欠けている部分の発見のために聖書に関する本を読むことは重要だと思うのです。
2008/9/27(土) 午後 7:48 [ kaw*muk*ih ]
続きです。
ザンビアでも現地語に徐々にビル・マクドナルドなどの著作も翻訳されたりしているようですが、翻訳量が圧倒的に少ないようです。日本でも、最近までは似たような状況にあったと思います。個人的に影響を受けているブルースやロイドジョンズ、レオン・モリスなどの著作も最近翻訳されるようになってきましたが、それでも圧倒的に少ないように思います。どうしても、開拓伝導している中での聖書理解のずれや牧会者のずれは出やすいもの、それを如何に防ぐか、というのは、重要だと思います。
2008/9/27(土) 午後 7:51 [ kaw*muk*ih ]