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同様の問題は、不動産の管理でも発生し、相続や登記、税金の負担などの問題で苦労した経験のあるキリスト集会(キリスト教会)や、現在も苦労しておられるキリスト集会(キリスト教会)は数多いと思います。組織を形成せずに不動産や財産を保護するためには、信託組合のような一種の財産管理組織を作るしかなく、その管理組織に関しては、信託銀行に手数料を払う必要があるようです。組織を作らないという麗しい理念の裏側で、苦労しておられる会計担当者や信徒の存在があるように思います。財産保護の観点からだけ言えば、宗教法人化するのが一番楽なのですが、戦前の宗教団体法の問題と「キリスト集会は組織ではないし、組織を作らない。キリスト集会(ブラザレンのキリスト教会)は、真の聖書を中心にした神とそれを信じる信徒の交流をしているのであって、形式化した宗教行為をしているのではない」という立場に立つキリスト集会(キリスト集会)は、宗教法人の取得に、信者の抵抗感があります。この立場に立つキリスト集会が非常に多いことも、また確かです。
とはいえ、都会部での地価が異常に高騰した現在、宗教法人を作らずに不動産の維持管理は困難なので、キリスト集会の中にも、宗教法人格を取得しているキリスト集会はいくつかあります。個人的には、土地と建物という不動産を持つのであれば、宗教法人格を取得したほうがいいのでは、と思っています。
組織でない、ということもあり、規約がない以上、税務調査に入られたら(そんなことはないとは思いますが)下手をすると、献金額すべてが責任者の個人所得として認識されても仕方のないところがあります。このためだけにも、みなし法人(権利能力なき社団)の形式的要件だけは整えておくほうが良いと思います。個人所得とみなされたときの追徴課税額はかなり大きいと思います。それを、キリスト集会に出させるのもいかがなものか、とも思いますが、責任者の個人負担で済ますというのも、どうかなぁ、と思います。結構、追徴課税となると、大きいはずなので。
どのような不利益があっても規約を作らないということ自体は、それはそれで一つの見識ではありますが、外部の人から見たら、礼拝とか聖餐式とか呼ばれる「真の聖書を中心にした神とそれを信じる信徒の交流」は、社会通念上、宗教行為であるのであり、それを自分たちは形式化していないから宗教行為ではない、ということは論理矛盾をきたしているように思われてもしょうがないかなぁ、と思います。外部の人から見れば、何を独り相撲とっているのだろう、と思われているかもしれません。ただ、宗教法人法の申請の時に必要となる主たる礼拝の対象は写真に撮影したり、書いたりしにくいので、宗教法人の申請書は書きにくいことはその通りですが。なお、都道府県によっては温度差がありますが、みなし法人(権利能力なき社団)でも活動はできるので、とおっしゃる都道府県の宗教法人担当部局もあるようです。少なくとも、みなし法人としての要件だけは備えておくべきかなぁ、と思います。
しかし、これだけ、色々なことを明文化して、透明化することが求められる時代の下では、それに対応して、形式的な書類としても契約書、領収書、会計帳簿、構成員名簿(少なくとも責任者の選出記録)、運営に関する議事録の記録程度は、具備しておくことは重要になってくるかもしれません。
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