|
同じ場所で開かれているキリスト集会に所属するブラザレンの信徒同士の結婚が一番スムーズに行くのは、当然のこととしても、なぜ、異なる場所で開かれているブラザレンと呼ばれるキリスト集会(キリスト教会)の信者同士の結婚に課題が増えるのか、ということで疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。当然の疑問だと思います。
これは、キリスト集会が、基本的に単立のキリスト集会であり、相互認証でしかないことがその原因です。つまり、それだけ、細かな点でのいろいろなプロセスのあり方や物事の進め方に違いがあり、一つ一つの集会がオリジナルといえばきれいに聞こえますが、かなり多様であり、聖書の理解や考え方、細かなところの方法論がばらばらに近いということもあります。例えば、聖餐式一つとっても、次のように分かれます。
聖餐式の奏楽(A1)楽器を使わないところ・(A2)楽器を使うところ、
聖餐式のパン(B1)食パンをきったもの(B2)ロールパンなのか、(B3)イーストを入れず小麦粉を水で溶いたものを焼いて作ったものなのか
聖餐式のコップ(C1)一つ、(C2)複数、(C3)個人別容器なのか、
讃美歌集の種類は(D1)礼拝賛美歌(D2)聖歌、(D3)礼拝賛美歌・聖歌の併用、(D4)聖歌・礼拝賛美歌以外の讃美歌集
献金(E1)献金を礼拝終了時にまわす(E2)礼拝時にはまわさない
など、あげればキリがないくらいあります。
これは、そのキリスト集会(キリスト教会)の独自の文化(伝統や、歴史的経緯で出来上がってきたもの)なのですが、他の教会の信者であった方が結婚によってこられると、自分のキリスト集会(キリスト教会)の文化と違うので、異文化交流となってしまうわけです。
誰しも、自分が馴染んだ文化が一番良い、と無自覚かつ無批判に思っているわけですから(ある面、自分たちが最善の方法であると理解し、文化を作り上げていったということもあり、そう考えるのは当然だと思いますが)、他の文化とであったときにびっくりする、あるいは拒否反応が出る場合もあるようです。それが、時に混乱を生み出すことがあり、結婚という制度的な要因で、突然別の文化体系に移植されることになる信徒の方(主に女性信徒)のかたで、混乱が生じることになります。
これと同様のことは、ブラザレンと外部からは呼ばれるキリスト者集団(キリスト集会)のあるキリスト集会から、他のキリスト集会(キリスト教会)に転勤等の理由で転籍される場合にも発生することで、自分たちの育ってきた文化が一番良いと、無意識のうちにある行動様式が埋め込まれ、それ以外の行動様式への戸惑いへとつながります。ひどい場合には、転籍先のキリスト集会の文化の受け入れの拒否(聖書的でないといわれることが多い)する方も、時には観測されたように思います。これがまた、株分けという平和裏の分割行為ということにつながる例や、突然のキリスト集会の独立という例になることがあったようです。聖書に忠実であろうという熱心さの故のこととはいえ、小さなことに目くじら立てなくても、もうちょっと方法があろう、とも思うのですが。とはいえ、聖餐式などの方法論のそれぞれの実施方法の背景一つ一つにも、聖書解釈がついて回っている(本当ですよ)があるので、聖書に忠実であろうとするあまり、形式論で紛糾することが時に起こります。
私も、個人的には、過去、他の転籍先のキリスト集会(教会)に対して、自分がもともと育った教会以外の行動様式をみて、非常に戸惑いを覚えたことがあります。若造だったので、あまり、突飛な行動にはでませんでしたが。
ただ、若い時に移籍して他のキリスト集会(教会)のあり方に触れて大変良かったなぁ、と思うのは、考え方の幅が拡げられることができ、自分の考えを相対化するきっかけが得られたからです。
|