ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレン

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参考になるブログ

 藤掛さんと聖学院大学の研究所にお勤めの方が、カウンセリングという立場

から、お書きになっておられるブログ


http://fujikake.jugem.jp


があります。その中の記事でもある「立ち止まって考えるクリスチャンライフ」

は大変参考になります。

 (記事の索引はこちら) http://fujikake.jugem.jp/?eid=1686

このブログには、牧師さんの不祥事関係やカルト化した教会問題を探っていく

中で、お書きになっておられるブログを拝見することになり、その深い洞察と

独自の視点の面白さについて、学ぶことが多いので,よく拝見しています。

 その中の「立ち止まって考えるクリスチャンライフ」という記事は、期間限

定の公開となるコーナーですが、その中のご主張には、ブラザレンの信徒に大

変参考になる点が多いように思います。特に、期間限定ですので、ぜひお読み

いただければと思います。

 聖俗分離の考え方(本来は、同じ人間が人間が信仰という世界と世俗の世界

(ビジネスというのか生きていくために働いている世界)を共にもった存在で

あるにもかかわらず、それぞれを別個に分けてしまって考えていくことの問

題ということや、強行突破型の人生のあり方とその問題、ということを取り上

げておられます。

 強行突破型人生の問題については、非常に有益な問題意識を得ることが出来

ると思います。キリスト集会(教会)というのかキリスト集会の中で理想とさ

れてきた信仰スタイルのあり方の問題を考えさせてくれるように思います。知

らず知らずのうちにブラザレンの信徒は、強行突破型の信仰生活を理想として

いるような気がします。つまり、ある面、ブラザレン運動(キリスト集会)はこ

れまで、強行突破型のあり方を貫いてきた部分があるように思います。ある面、

ブラザレンが英国国教会から離脱するときもある面強行突破型のあり方を取ら

ざるを得なかったし、また、その後の伝道や教会運営においても、様々な世俗

的な諸制約の枠を抜けながら(無視しながら)強行突破してきた面もあります。

特に、13年戦争(第2次世界大戦)のさなかにおいては、それが意図的であった

のか、あるいは意図しないものであったのかは別とし、聖書的真理を重視すべ

きという考えに立ち、戦時下、非常時下と称される社会風潮の中での国家総動

員体制の一環としての宗教団体法の明確な無視となり、社会的には、悪法であ

ったとはいえ宗教団体法違反となり、捕らえられる人々を出していく数少ない

団体のうちの一つとなってきたこともあります。その行動自体は、正しいもの

であったとは思いますが、背伸びをすることを良しとし、、背伸びをすること

を信徒全員に求めていくところが全くないとは言い切れないように思われます。

特に、戦時下でおきたアイルランド系の宣教師の取調べと松沢病院への収容下

での死亡事件(殉教と呼んでも良いと思いますが)等が過去の歴史的事件として

かすかに記憶されていることもあり(といっても大分怪しくなっていますので、

現在出版されているアイルランドの赤いユリなどの出版は非常に重要だと思い

ます)、雰囲気としてこの背伸びというのか強行型の信仰態度をよしとする雰囲

気が全くないわけではないと思います。

 最近読んだ上沼昌雄著「闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神」の中で

も触れられている日本文化というのか、日本人の心性というか霊性の中にある

玉砕的な志向性(闇の部分)とこの背伸び型の嗜好性が結合し、融合するととん

でもない化学反応を起こしそうな気がしてならないのです。それに、ブラザレ

ンの信仰についての頑固さというのか、素朴さが加わると、時に非常に大きな

証ともなる半面、少しベクトルがずれるだけで、大きな問題を起こしかねない

という問題を持っていると思います。

 ところで、これまで、日本のブラザレンだけでなく英米系のブラザレンでも

伝道、福音宣教に熱心だったあまり、自らについて立ち止まって考える(相対化

してみる)ことはしてこなかったかもしれません。ただし、英米系のブラザレン

運動については、1980年代くらいから整理が始まり、今ようやく研究の成果が

書籍の形でまとまりつつあります。日本でも、1980年ごろから、初期の関係者

の方が地上の生活を終えられる状況が始まり、自伝などの記録が出始めたのが、

80年代後半ですから、私たちも、自分たちのあり方について、立ち止まって考

えてみることも必要かなぁ、と私は思っています。

 私自身は、できれば、ブラザレンというものについて、立ち止まって考えて

いきたいと思っています。

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ブラザレン運動に拘っていますね。でも、その為には聖書に従うことが大切で、聖書に従う為には聖書を知る必要が有るでしょうね。

ブラザレンの方々は聖書をよく読んでいるというのは本当だと思います。でも、その聖書解釈で本当に良いのですか?という外からの声にも耳を傾けて欲しいと思います。他教派の問題点を裁く暇があったら、立ち止まって諸集会は本当にブラザレン運動をするだけの備えをしてきたのかを考えてみるべきでしょうね。(マタイ7:1〜5)

イエス様は教会(集会)の頭です。諸集会は単立(自主独立)形式ですから、その集会の長老がイエス様を悲しませているなら、最悪その集会は消滅すると思います。国家を相手にしても怯まない信仰が有っても弱い信徒を罪とは思えない問題で裁いている風景を見て来た者としての恨みがましい発言であり申し訳ありませんが、、、、。

2009/1/14(水) 午後 11:32 [ msq*x4*1 mikatarou ]

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私見ですが、私は日本のブラザレンの可能性に期待しています。
ともかく、聖書解釈の問題と弱い信徒への配慮のない裁きには悲しみを禁じ得ません。(この配慮に欠けた発言が返ってブラザレン信徒の心を頑なにさせませんように)=是非、立ち止まって考えて下さい。

これは、懇願です。

2009/1/15(木) 午前 0:02 [ msq*x4*1 mikatarou ]

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msq*x4*1 mikatarou様

コメントありがとうございました。

>ブラザレン運動に拘っていますね。

はい。そのためのブログでございますから。こだわって考えてみたいと存じております。ブラザレン自身,英国でも日本でも教派とみなされることを忌避してきたこともありますので、そもそも教派ではないから自分たちを客体化できないものとし、客体化する視線を持ちなかったように存じます。また、そういう視線を持つことさえ自己規制してきたと存じます。特に伝道を優先するあまり、わが身を振り返ってみて立ち止まって考えてみるという習慣がキリスト集会の伝統のなかにこれまであまりなかったこともあり、ご紹介したブログを読みながら、時に立ち止まって考えてみることの重要性を触発されたしだいでございます。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:15 [ kaw*muk*ih ]

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続きです。

とはいえ、振り返ってみたくても、これまでは振り返る資料としては個人へのインタビューとその記憶、伝道出版社や伝記、一部の研究書の類、個人的体験しかないため、考えるためのたたき台が限られる、という側面がなかったように存じましたので、その素材となる諸断章をある程度誰もが見られる形として残してみようか、と存じブログを利用しております。もともとは、ブラザレンの信徒の一般の方々にお考えいただく際の資料提供としてという側面と、私にとって印象深い方であった石濱さんにまつわるお話を乗せておきたかったので、気軽なメディアとしてブログにしました。

私自身、ブラザレンの一部に関与しているもの(他人からはそう見られていないかもしれませんが)として、自分の相対的な位置関係を整理してみたい、ということもありましたし。

>でも、その為には聖書に従うことが大切で、聖書に従う為には聖書を知る必要が有るでしょうね。

はい。これはご指摘の通りでございます。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:16 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

ブラザレン運動は、聖書が一般人が読めるようになって出てきた運動でもございますので、その前提条件としては聖書を読んでいること、聖書の中から現代社会にあってその主張を世俗の中にありながら、聖書を通して神を知ろうとするものとして、それをどのように理解(解釈・適用)していくのか、聖書そのものについてどのように捉えるのか、ということを考える必要があるとは存じます。私を含め、信徒が主に読む聖書は、多言語に翻訳された聖書ですから、当然どの聖書を読むのかによって、その解釈のありようは変わってくるはずです.当然言語すら変化していきますから、ある時代に翻訳された聖書を別の時代の方がお読みになると誤解が生まれかねないことも事実です。また、聖書はある時代のある地域における文化的背景の中で、特定の読者に向けて書かれた書物でもありますので、その部分をどのように考え、そこからどう読み解いていくのかということについては個人的に良く考えたほうが良いのでは、と存じております。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:19 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

マクグラスの「総説 キリスト教」の中や「一日で分かる聖書」の中で紹介されておりますように、アフリカ人の聖書の読み方と欧米人の聖書の読み方は同じ英文のテキストであっても違ってくる可能性がありますので、当然日本人には日本人固有の日本語訳聖書の読み方が出てくる可能性があろうかと存じます。

ただ、ご指摘の背景にはブラザレンの多くの信徒が「聖書にそう書いてある」という言葉を聴いた瞬間に、聖書を手がかりに考え直してみる、自ら再整理しなおしてみるのではなく、反射的に思考停止する部分があろうか、と存じます。私もそういう部分があります。それが、下手をするとあらぬ曲解に至る可能性があり、少なからぬ不幸をこれまで生み続けてきた様に存じます。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:20 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

>でも、その聖書解釈で本当に良いのですか?という外からの声にも耳を傾けて欲しいと思います。他教派の問題点を裁く暇があったら、立ち止まって諸集会は本当にブラザレン運動をするだけの備えをしてきたのかを考えてみるべきでしょうね。(マタイ7:1〜5)

その通りだと存じます。外からの声をどのように受け止め、自分自身の聖書理解をどう見直すか、の問題は別として、私自身、若気の至りということもあるのですが、自分たちが正しいという根拠のない理念から、他の方との対話を最初から門前払いするような部分も私の内にあった様に存じますので、そういうことは避けたいなぁ、と今は存じております。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:22 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

まぁ、キリスト集会の離陸期あるいは自立期とも言うべき時期(英国では1850年代から1880年代、日本においては1960-80年代)においては、まだまだ信徒の信仰の確立が十分でなく、他のキリストの体をなしている部分の方々とのフランクな対話が成立し得ないということもあり、それらの対話やそれらの方々がお出しになっておられる書籍との接触を避けたほうが良い、との当時の指導的立場にあった宣教師や巡回伝道者の役割を果たした方々の思いもあったように存じます。これは信仰の確立への配慮として始まったこととはいえ、その結果、『キリスト集会だけが正しい』という印象だけが一人歩きしたり、困った誤解が生まれたものと存じております。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:23 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

>イエス様は教会(集会)の頭です。諸集会は単立(自主独立)形式ですから、その集会の長老がイエス様を悲しませているなら、最悪その集会は消滅すると思います。

本当にその通りでございます。長老だけでなく集会全体として、神を悲しませているとすれば、空中分解して離散せざるを得ないと存じます。それまでの時間がどの程度か、という問題は残りますが。とはいえ、神は悪ですら一時的にその存在を容認されることがあること、方向転換を神が忍耐して待っておられる部分もあるとは存じます。その意味で、私は一つの可能性としてキリスト集会の集団を捉えており、その可能性が少しでも神の栄光の反映であって欲しいとは思っています。とはいえ、罪ある人間のありようがそれを曇らせてしまうのですけれども。私自身もそうですが。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:24 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

>国家を相手にしても怯まない信仰が有っても弱い信徒を罪とは思えない問題で裁いている風景を見て来た者としての恨みがましい発言であり申し訳ありませんが、、、、。

はい、そのような事例を身近に時々見てきましたので。逆に、素朴だったからこそ、国家に対抗する信仰を持ったという側面もあり、その素朴さが、同時に他者を裁く精神につながってきたと見ています。「蛇のようにさとく、鳩のようにすなお」の両立は厳しいなぁ、と存じます。


>私見ですが、私は日本のブラザレンの可能性に期待しています。

はい、私もブラザレン運動とそれに影響を受けた動きに期待しております。個々に時々コメントをくださるpsa*m8*3* さんなんかが関与しておられるホームチャーチなどの働きも大切だと思っています。別にブラザレンだけがキリストの体ではないので。

続きます。

2009/1/15(木) 午後 10:25 [ kaw*muk*ih ]

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続きでございます。

お家芸に溺れ、伝統芸能になってしまったいくつか芸術家集団のようなありようでなく、聖書と神の主権の優先ということにしっかりと根ざしつつ、その時代時代にあった形の適応をしていくことで、新しい可能性にチャレンジする革新性を維持して欲しいと存じますし、その兆しは感じております。ブラザレン運動は、もともと革新的な運動であったのですから。とはいえ、マンネリ化するほうが考えなくて良い分、リスクを犯さなくて良い分、負荷が小さいので、やすきに流れるのは人の世の常、という側面もありますので、なんとも言いがたいですけど。


>ともかく、聖書解釈の問題と弱い信徒への配慮のない裁きには悲しみを禁じ得ません。(この配慮に欠けた発言が返ってブラザレン信徒の心を頑なにさせませんように)

人は、罪あるものゆえこの種の誤りを繰り返してしまうところがあるようです。それを含めて十字架での救いが完結していることを考えると、マクグラスではありませんが、十字架の謎ということを感じます。

長いコメントになり、申し訳ありません。ご意見、本当にありがとうございました。

2009/1/15(木) 午後 10:27 [ kaw*muk*ih ]

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コメント有り難うございます。正直な処、書いてからオドオドしておりました。

私のコメントは日本の諸集会全体を知らない者のコメントでした。
長老にしてもほんの僅かな人々しか知りません。

たぶん、私の知らない処で意外な人々がブラザレン運動の備えをしているのでしょうね。

2009/1/16(金) 午後 8:00 [ msq*x4*1 mikatarou ]

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それから、藤掛さんのブログは参考になると思います。
藤掛さんのことは知りませんでしたが、私は心の問題には昔から関心があり、神学よりも優先して来た経緯があります。今、思うに、神学を優先すべきであったと悔いております。

2009/1/16(金) 午後 8:11 [ msq*x4*1 mikatarou ]

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日本の諸集会の神学アレルギーの経緯が理解されれば、日本の諸集会は目覚めるのではと思うのですが、それを紐解く方がいないと無理ですかね?海外には居るのではとも思うのですが、、、。

2009/1/16(金) 午後 8:23 [ msq*x4*1 mikatarou ]

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msq*x4*1 mikatarou 様 こんばんは。かわむかいでございます。
非常にポイントを付いた重要なコメントをいただき、ありがとうございました。私とて、限られた集会しか知りえていませんし、長老の方についても、20数人程度しかご面識がございません。

詳しくお聞きしていないのでよく分からないのですが、psa*m8*3* さんは、もともと普通のキリスト教会におられて、そこからホームチャーチを始められた方のようです。ブログを拝見する限り。米国系の文献を見ていると、ホームチャーチはサンタバーバラで始まったようで、ブラザレンの考え方も多少影響しているようです。外形的にはおそらく区別がつきません。

2009/1/16(金) 午後 11:11 [ kaw*muk*ih ]

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藤掛さんのブログは、大変面白いです。特にグリーフ・ケアの視点は重要かもしれません。本当に参考になるブログで、お書きになられたもので、早く本を出していただけたらなぁ、と存じております。

>日本の諸集会の神学アレルギーの経緯が理解されれば、日本の諸集会は目覚める

そうだとよいのですが。日本のブラザレンでは、伝道出版社という大メディアの影響力とプレゼンスが圧倒的に大きく、それ以外のメディアが出てこないと無理かもしれません。
今、Tim Grassという英国聖公会(アングリカンチャーチ)の方でブラザレン関係者のご親族が多い方のGathering to his Nameという本を読んでいるのですが、CoadやGrass、Neil Dicksonのような客観的な立場でキリスト集会の歴史が書けるようにならないと、難しいかなぁ、と思います。そのための成熟が必要かと思います。

2009/1/16(金) 午後 11:22 [ kaw*muk*ih ]

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私としては、広い聖書知識に根ざした相対化に関しては、日本で最初にブラザレン研究を始めたNozzonさんという若い方に期待しています。

http://www.geocities.jp/nozzon0602/index.htm

彼のサイトの同胞組合論

http://www.geocities.jp/nozzon0602/newpage2.htm

が参考になろうかと思います。彼もいろいろあって大変な思いをされたようです。海外からの宣教師の方は、知ってて知らん振りをされていたので、いまさら、と思われるかもしれません。伝道出版社が、この問題を正面切って取り上げてくださるとうれしいのですが。

2009/1/16(金) 午後 11:24 [ kaw*muk*ih ]

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ブラザレンのキリスト集会の運営は、Nathan Delynn Smith のRoots Renewal and the Brethren にもあるように長老の態度の影響が大きく、これまたそれぞれの長老の方にそれぞれごとに異なった固有の特徴を神がお与えになっておられるので、これまた一般化しにくくて困るので、なかなか一般論めいたことがかけなくて困っています。

2009/1/16(金) 午後 11:34 [ kaw*muk*ih ]

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いい勉強になりました。
私のブログに訪問下さい。
私自身,ブラザレン「あだ名のようなもの」です。
聖書的,教会の視野を視野を広げていきたいと願ってます。

2009/2/13(金) 午後 10:58 [ クリスチャンライフ〜おきなわ〜 ]

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yui**i7no*om* 様

コメントありがとうございます。

興味を持っていただけましたこと、大変うれしく存じます。

yui**i7no*om* というアドレスから、ブログにアクセスしようとしたのですが、拝見できませんでした。もしよろしければ、ご教示いただけるとうれしく存じます。ご訪問したいと思いますので。

2009/2/14(土) 午前 0:02 [ kaw*muk*ih ]


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