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ご紹介したペンテコステ宣教学をお書きになっておられる
佐々木さんの主張に全部同意しているわけではありませんが、
その主張には真摯に傾聴すべきものがあると思います。近代
的西洋社会は、2元論的な考え方が支配的であるので
(計算機が出るまでも)、その社会の中で生み出された様々
な文化や学問体系なども当然この影響を受けています。また、
教会やそこで語られる聖書理解も、当然その影響を受け、教
会の信者の行動もその影響を受けています。つまり、2元論
的な考え方(神と悪魔・正と誤・義と邪のような2つの対立
軸でしか考えないあり方)がカルトを生み、みことばで他人
をねじ伏せ、傷つける原因ではないかなぁ、と最近思ってい
ます。キリスト教の伝道とそこに内在する文化の問題につい
ては、メード・イン・ジャパンのキリスト教やマクグラスの日
本公演のときの講演録である「ポスト・モダン世界のキリス
ト教――21世紀における福音の役割」を呼んだときにも思っ
た疑問です。
2元論的(0か1か)な考え方ではなく、グレースケール
(0から1の間のいろいろなあり方がある)で考えることの
大切さ、そして、本来の福音の部分の注目しながら、現代に
生きる人にその福音を実際的な課題の中で、その人たちの課
題を踏まえながら、そのうえでイエスとその福音のコアの部
分をどう伝えていくのか、ということは重要かなぁ、と思い
ました。
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話が難しくなって来ていますね。私は理論は苦手なのです。
ところで、去年見た映画『ライオンと魔女』の中でライオンが魔女と密談(交渉?)の様なことをして、結果として殺されるのですが、
たぶん、イエスキリストの十字架の死を表現しているのだろうと思うのですが、何故、魔女と密談をするのか理解できませんでした。
たぶん、その映画は二元論の影響を受けた表現なのだろうなと思いました。
イエス・キリストの十字架の死の表現としては納得がゆかないと思いながら、何時の間にか忘れていたのですが、今思い出しました。
C・S・ルイスの作品だったと思うのですが、、、、。
2009/1/23(金) 午後 7:50 [ msq*x4*1 mikatarou ]
msq*x4*1 mikatarou 様
すみません。あまり難しくするつもりはないのですが、どうしても、アメリカ人を中心として外国の片は白黒はっきり付けたがる習慣があって、それとその概念に基づく福音宣教の問題を取り扱うとなると、彼らのもっている白か黒かに分けたがる考え方を触れることになってしまいました。
C.S.ルイスもMere Christianity(キリスト教の精髄)などを読んでいる限りは、そうでもないのですが、小説の方は悪と善の戦いという側面が強いですねぇ。映画はディズニーの製作者の意図が紛れ込んでいるのかもしれませんが。アメリカ映画は、西部劇にしても、SFにしても、白黒はっきり付けたがるハリウッド・スタイルだと思います。
2009/1/23(金) 午後 9:59 [ kaw*muk*ih ]
アメリカですか、、、。私は会ったことがないのですが、アメリカからの宣教師で日本のブラザレンで活動されたベッコンさんという方がいます。群馬県高崎市を中心に活動したようです。今、私の故郷も高崎市に合併されていますが、私が子供の頃に近所の青年の家などに訪問していたようです。私も背の高い外国人からトラクトをもらった記憶があります。その人が若しかしたらベッコン宣教師だったのかなと思います。当時は田舎の村に外国人が来ることはありませんでしたからあぜ道を歩いて行く姿は今も脳裏に残っています。
2009/1/24(土) 午前 8:59 [ msq*x4*1 mikatarou ]
その、ベッコン宣教師の最終伝道期の愛弟子の一人が仕事の関係で我家を訪れることがあります。そして、ベッコン宣教師の話をしてゆくことがあります。ベッコン宣教師は日本語が得意ではなかったようです。本来は中国大陸への伝道を志ていたようなのですが中国共産党に追放されて台湾に逃れ、それから日本へと進路を変更したようです。ですから、日本語の学習は『泥縄式』(ドロボウを捕まえてから縄をなう)で覚えていったようです。
ですから、日本の文化やものの考え方はあまり理解していなかったようです。ただ、日本への愛と情熱は本物であったようです。
様々の問題はあったようですが、戦後生まれの愛弟子たちは信仰を持ち、ベッコン宣教師の亡き後を継承して今日に至っています。
(戦前生まれの弟子達で集会に、あるいは信仰に留まった人は少なかったようです。)
2009/1/24(土) 午前 9:43 [ msq*x4*1 mikatarou ]
アメリカからの宣教師(?)で名前を忘れてしまいましたが日系の方がいました。確か浦和キリスト集会ではなかったかと思います。
その方は聖書教育のプログラムを試みたようですが、何故かアメリカへ返ってしまったようです。
2009/1/24(土) 午前 9:56 [ msq*x4*1 mikatarou ]
アメリカから来られた伝道者では沖見寅雄(文字が間違っていたら御赦し下さい)という日系人がいました。今も健在だそうです。
その方の福音は聞いたことがあります。落ち着いた気持ちで福音を聞く事の出来る人でした。あの方は日本人と言って良いだろうと思います。また、合えたら良いなと思う人です。(少し畏れもありますが)
2009/1/24(土) 午前 10:07 [ msq*x4*1 mikatarou ]
長々と年寄りじみた話になり、テ−マからずれて行きそうなのでこの辺りで失礼いたします。
2009/1/24(土) 午前 10:17 [ msq*x4*1 mikatarou ]
ベッコンさん、懐かしいお名前ですね。私は、いま40半ばですから、関西で18まで過ごしたので、地域的にも年齢からいっても、お会いする機会がありませんでした。時に厳しいところもあった方とお聞きしています。ベッコンさんがおられたのは、多分、下小鳥でしたよね。ベッコンさんと交流のあった方からお話を伺ったことがございます。
また、戦後すぐこられた方々は、ベッコンさんに限らず日本語で苦労された方が多いようです。今でもそうだとは思いますが。戦後すぐこられた方々は、数多くのリスクを覚悟の上こられているので、情熱と日本への愛情、失われ行く魂への懸念は、真剣だったと思います。
戦後すぐ、ハドソン・テーラーなどの中国インランドミッションを目指したものの実現できなかった方が、かなり日本にもこられたようです。神戸のデクスターさんもそういう経緯だったと思います。正確に統計を取ったわけではないので、分かりませんが。この辺、根拠データは、伝聞情報だけなので、資料がなくなりつつあり、日本のブラザレン研究のデータの消失でもありますので、少し危機感を覚えています。いくら主の働きであるとはいえ・・・。
2009/1/24(土) 午後 0:56 [ kaw*muk*ih ]
沖見さんは、いまは広島県の福山市西方の三原市で伝道しておられます。2008年には、私の属しております集会でも、去年お招きしてお話を伺っています。和歌山からカナダに行かれた家族の方で、もともとは別の教団におられたのですが、日本に来てブラザレン運動に関与され、伝道者となられた方だと、直接お話を伺いしました。お話されるときの感覚は、日本人的な感覚の方ですが、食文化は、カナダ西海岸風のご様子です。京都、大阪、和歌山と関西圏でご活躍になられ、いまも全国の集会で呼ばれれば伝道されておられるようです。お話は、日本人の感覚にフィットするものだと思います。いろいろご不自由なところもおあり、とお伺いしております。
msq*x4*1 mikatarou様、コメントありがとうございました。御礼が遅れました。
2009/1/24(土) 午後 1:10 [ kaw*muk*ih ]