|
ダービーの神秘主義は話す内容はもちろんのこと、書いたもの
にも現われたようです。そのため、解説者が必要だったほどだっ
たようです。後にダービーと袂を分かつことになるKellyという方
がよく解説をされたようです。
以前にもここで書いたと思いますが、プリマス・ブラザレン系の
キリスト教会(キリスト集会)では聖霊の導きを重要視します。
以前、この欄でミカタロウさんがコメントしてくださったように、
福音を語るのも聖霊によって導かれた兄弟によってですし、聖書
研究で話すのも聖霊によって導かれた兄弟とされています。福音
や学びを準備する過程でも聖霊によって導かれて準備する、とい
う理解になっています。確かにそういう側面もあり、その重要性
は否定しませんが、行きすぎも困ったものではないかと思います。
昔、アマデウスという映画を見たときに、サリエリが作曲してい
るシーンをみながら、この人もブラザレンか、と一瞬思ってしま
いました。ちなみに、サリエリの時代にブラザレン運動はまだあ
りません。
Tim GrassのGathering to His Nameの77ページには、次のような
記述が見られます。
---------------------------------------------------------------
ダービーの行動は、彼の書いたものがそうであるように、事
前にかなり練られたものであるというよりは、特定の状況に対
して反応するようなものでした。彼が重視したのは、どのよう
にきちんと対処するのか、ではなく、聖霊によってたてられた
教会が重要であり、それを汚す(impugning)ものと彼が思った
ものに対しては、何が何でも反対しようとしたのでした。彼に
とって、対処の仕方というよりは、彼自身の心情としての一貫
性を重視したのでした。
このプリマスでの混乱の結果は、あるブラザレンの著作者た
ちにとって重要な意味をもつことになりました。ある著作者た
ちが言うところのサタン論(Satanology)が述べられるように
なったのでした。サタン論(Satanology)とは、反対する相手
の言動をサタンによって導かれたものとする傾向です。サタン
論というこの二極化した考え方(聖霊かサタンか)の傾向の結
果、個人的な理解で一致がない側面があるばあい、他者を(訳
注:サタンの働きの結果として)弾き飛ばしてしまうことに
なったのでした。
以上和訳終わり
---------------------------------------------------------------
サタン論の影響は、いまだに、ブラザレンの集会の中でご
くまれにこだましているように思います。集会の議論が白熱
したり、異なる立場が出てきたり、意見の対立が起きたり、
分裂騒動になりそうなことが起きたり、集会の中で違った考
え方の人々が出てくると、それを悪魔の働きではないかと疑
う傾向は、いまだに根強くあります。(このブログもサタンの
働きといっている人がいるかもしれません。聖霊に導かれた
と私は主張するつもりはなく、単に自分達の問題の原因が
どこかにあるかもしれない、その起こりはいつかが知りたい
だけですが、それもサタンの働きなんでしょうかねぇ。サタ
ンの働きと主張される自由もあるし、調べて考える自由もあ
る、というのが多元主義者の私の主張です。)聖霊の働きの
重視と、長老のある種の権威性、そしてサタン論がいわれる
結果、伝道者や長老がバランスを欠いた言動をとり始めた場
合、それを防止するのは、ある程度難しい場合もあるように
おもいます。それをとめることができるのは、信徒に許され
た発言の自由と長老と信徒の間の対話だと私は思っています。
善(聖霊)と悪(サタン)の二元論的な立場というのは、構造的
に単純で、誰でもわかりやすくてよいのですけれども(水戸黄
門もそうなっているし時代劇や西部劇はたいていそう)、対立
する両者ともが、自分が善という立場を崩さず、そのために聖
書のあちこちをひっかきまわして、自分の主張に近い聖書の語
句を探してくるので、それに巻き込まれた新とは非常に悲しい
思いをすることが少なくないように思います。聖書は、いろん
な考え方が含まれた書物なので、自説に近い聖句を見つけるの
は難しくないので、この種の問題が起きるのだろうなぁ、と思
います。
今、所属している集会は、長老の権威性がかなり抑えられて
いて、信徒の自由な発言と、信徒と長老の間の対話の姿勢が確
保されているので、私としては非常に居心地がよく、このままで
あって欲しいなぁ、と思っています。
参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes,
Paternoster. ISBN 1842272209
|
御言葉の理論武装による自己正当化、という「肉」の働き。避けたいものです。
2009/5/2(土) 午前 1:06 [ g_topspeed ]
武州乃鳩様 こんばんは
コメントありがとうございます。本当にそうですね。クリスチャンがみことばで裁きあう、見たくない光景の一つかと存じます。以前、自分自身が実際にしてしまった経験者の一人として。
2009/5/2(土) 午後 7:41 [ kaw*muk*ih ]