ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの分裂史

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前回書いたお話の続きです。

 詩篇6篇からニュートンが行った聖書の注解で示した聖書理解

に問題があることが問題視され(ずいぶん前の記事でも、それを

もとに批判されたのですから、かなわないと思います。ダービー

は一貫性を重視した、ということなんでしょうが、一貫性も行き

過ぎると頑固さや偏りを生み出すように私は思うのです。

 信仰の成長とともに聖書理解も変わってある程度よいのでは、

と思うのですが、ダービーなんかにすると信仰がふらついてい

るとか、教えの風に吹かれている、ということになるのでしょう。

批判を受けたニュートンの対応について書いていきたいと思いま

す。

78ページ 続き

1847年の11月26日、ニュートンは、「聖書理解の誤っていたこと

とその指摘への感謝」と題するパンフレットを出版し、2つのパン

フレットを「再考する」ため、撤回することと彼の考えに誤りが

あったことを認めたのでした。ニュートンがこの書物を出版した

意図は、彼のアービン派の人々に向けた論文での「アダムの罪の

結果というよりはむしろ、キリストの義のゆえに人を罪なきもの

とする(imputation)ためキリストは来た」ということを主張す

るための表現の修正のため出版したとしていたのでした。撤回し

た2つのパンフレットは、ハリスの批判の手紙にこたえるために

書いたものでしたが、それ以降の論文で述べられているように

考えを深めたうえでの出版物にしたかったからのようです。

Tregellesは彼の反対者が、この新しい出版物が証拠とされてし

まうことを恐れ、ニュートンの二番目の妻マリアは、出版すべ

きではないとしたのですが、ニュートンのこの種のことに関す

る表現の正確性のなさの結果、公的な議論の場で間違いを認め

ざるを得なかったようです。

以上和訳終わり
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このことを読みながら、仲間がいた、という安心感を覚えまし

た。私も分かりやすい文章にしているつもりですが、正確さに

かけるんですねぇ。かなりいい加減に書いている。いい加減に

書かない人、間違いのない文章を書く人を見ると、尊敬してし

います。ニュートンの仲間だ、と主張する気はないですが、誤

りのない文章、誤字脱字のない文章、わかりやすい文章を書く

才能のある人というのは、本当に尊敬に値するなぁ、と思って

しまいます。もう、最近は正確に書く能力がないのでは、と自

信をなくしつつあって、自分の能力の限界を知りつつあります。

あまり望ましいことではありませんが。

 しかし、ニュートンは、真面目というのか、要領が悪いとい

うのか、そんな生き方をした人だったんでしょうねぇ。


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