ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンの分裂史

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このようなダービーとベテスダ集会との関係の悪化に加えて、さ

らに事態を複雑にさせる事件を、この運動の初期の指導者のひ

とりであるWigramは起こしたようです。おそらく、ダービーに

しても、Wigramにしても意識して事件を起こしたわけではない

とは思いますが、意図していないことが非常に大きな混乱を生

んでいくことになったようです。この時代の時代がかったもの

いいなのか、Wigram独特のもののいいかたなのかはよくわかり

ませんが、しかし、一種独特な表現が大きな誤解を生み、あま

り好ましくない影響を及ぼしたのではないかと思います。

Tim GrassのGathering to His Nameの81ページには、次のような

記述が見られます。

---------------------------------------------------------------

1848年10月に、Wigram(訳注:この当時ダービーを支持してい

たようです)はCraikがキリストが人であることに関して、

1835年にCraikが牧会書簡Pastral Lettersという書物の中で書

いた内容から、Craikが異端的な考えを持っていると批判したの

でした。

 Craikはキリストの人間としての肉体は他の人間の肉体同様、

死ぬべき肉体をもたれたのであり、キリストが聖であるのは、

彼が(訳注:神であるがゆえに)堕落(taint)から守られた

からであるとしていました。この考え方は、Edward Irvingの

誤解を生みかねないキリスト論と一部共通するものでした。

WigramのCraikが異端的であるという非難に対して、Craikは、

Craikがこの文書を書いたころ、WigramはCraikの近くに住んで

いたし(訳注:当然交流もあったわけで)、Craikの議論につ

いて十分チェックできたはずなのに、それをその当時にはした

ことがなかったのではないか、という点をCraikはWigramに指摘

したのでした。これについて、悪魔論(Satanology)の典型の

ような事例ですが、Craikが霊的な錯覚(delusion)に陥ってお

り、さらなる欺瞞(deception)と責任逃れ(evasion)にCraik

が陥ることのないように、Craikが考えを整理することをWigram

は依頼しようとしているのだ、としたのでした。

以上日本語訳終わり
---------------------------------------------------------------


書いてから12年以上たって批判するものなのかなぁ、とこの部分

を読みながら思いました。おそらく、Craikの意図は、そこにあっ

たとおもいます。この種のまじめな議論を生真面目に続けるとこ

ろが、ブラザレンのある面でよい特徴でもありますが、時に不幸

を生む特徴でもあると思います。上でご紹介したような場面では、

不幸な結果を生んだようです。

 ただ、日本のブラザレンの社会の中では、日本人の特性もある

のでしょうが、議論を吹っ掛けても、返ってこない経験をされた

ことがある方もおありのようなので、(私の場合は、議論という

のか、お考えをお聞きしたときに、はぐらかされたことはあって

も、全く返事が返ってこなかったことはなかったですが)この辺

日本と英国の文化の違いということ、とりわけ、印刷物という媒

体を通しての議論の考え方がかなり違う、というような印象を受

けています。日本のブラザレンの中では、そもそも、聖書理解を

文章にする方も少ないように思います。うーん、みことば、を

購入しないとまずいかなぁ。しかし、いずれ、聖書理解の現地化

(日本人による、日本人のための、聖書全体の枠をはずさない

聖書理解の構築)して行かないと、まずいような気がするのです

が。

 そういえば、私のインタビュー調査の結果では、100年以上たっ

ても、アフリカのブラザレンでも現在もなお、聖書理解の輸入

(聖書の注解書などの現地語翻訳)は続いているらしいので、日

本でも同じようなことになるのかなぁ、と思います。その意味で、

ここで時々コメントしてくださるLuce様やpisgahさんとい

う聖書館(http://www.sam.hi-ho.ne.jp/pisgah/myweb/)という

サイトを運営しておられる方には、大きな期待しているんですが。

山形牧師のは面白いけど、散文なのがちょっと、読みづらい。


 そうそう、Wigramは出版事業もしていたようなので、この辺の

文書を通じた議論ということが重要、という印象をWigramは持ち

やすかったのかもしれません。

参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes, Paternoster.
ISBN 1842272209

閉じる コメント(3)

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聖書館は単行本化されて名前も公表した形ですよね。
今年の新年合同学び会では「若手」としてメッセージもされましたが、「御霊に導かれて」語るといって集会での時間を占有してしまう事例を、異言による混乱に対するパウロの忠告と比していたところが印象的でした。
ところで、日本の出版コストは紙質や製本品質が良いこともあって世界的に高いようで、限られた紙面に掲載する内容としては結論だけ、となり易いのではないかと想像します。
そして個人個人のデボーションの成果が、既にオーソライズされた結論とことなっていたら共有されることなく、違っているという理由だけで個人的に却下されてしまうとしたら残念なことだと思います。
「聖書理解の現地化」ということですが、「ヨーロッパ化からの回復」というのが方向性ですね。壮大すぎるかもしれませんが。協力者が必要とも思ってます。「回復」というと特定のグループをイメージされる恐れがあるので別の表現があるといいなとも思います。
「大きな期待」は主におゆだねしたいと思います。

2009/5/22(金) 午後 9:35 [ Luce ]

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Luceさま

コメントありがとうございました。

>今年の新年合同学び会では「若手」としてメッセージもされま
>したが、「御霊に導かれて」語るといって集会での時間を占有
>してしまう事例を、異言による混乱に対するパウロの忠告と比
>していたところが印象的でした。

惜しいことをしました。聞いてみたかったですねぇ。

>ところで、日本の出版コストは紙質や製本品質が良いことも
>あって世界的に高いようで、限られた紙面に掲載する内容と
>しては結論だけ、となり易いのではないかと想像します。

出版業界にちょっと関係している立場としては、出版社が
在庫を抱えるコストを怖がっているという感じのようです。
それと、日本人が本を読まなくなったことが原因のようです。

2009/5/22(金) 午後 11:17 [ kaw*muk*ih ]

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Luceさま 続きです。

>「聖書理解の現地化」ということですが、「ヨーロッパ化
>からの回復」というのが方向性ですね。

というよりは、聖書理解にこびりついているヨーロッパ文化
的な部分をこそぎ落とすことかな、と考えています。
ちょっと、無謀な発言ですが。

>壮大すぎるかもしれませんが。協力者が必要とも思って
>ます。「回復」というと特定のグループをイメージされ
>る恐れがあるので別の表現があるといいなとも思います。

そうですね。あっちこっちに、同じ考えの方はいらっしゃ
るみたいです。色々な教会の中に。カトリックの方を含め
て。150年かけてできたものは、150年かけて変えていくし
かないのかなぁ、と思っています。

2009/5/22(金) 午後 11:21 [ kaw*muk*ih ]


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