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オープン・ブラザレンとエクスクルーシブ・ブラザレンの区別が
つきにくい原因の一つに書籍があります。オープン・ブラザレンが
エクスクルーシブ・ブラザレンとの聖書理解の関係が近いというの
か、エクスクルーシブ・ブラザレンの考えではないかと思われるお
話をされ足り、そのような聖書理解に立つオープン・ブラザレンの
信者がいる理由は書籍の影響と考えた方がよさそうです。
特に19世紀のブラザレンの成立期には、オープン・ブラザレンで書
籍を出版して、多くの信者に影響を与えた信者が少なく、オープン・
ブラザレンの信者が聖書以外で読む本の多くは、エクスクルーシブ・
ブラザレンの著者が書いた書籍だったということがあるようです。
まぁ、19世から20世紀にかけては、自由主義神学が跋扈した時代です
から、神学良書と呼ばれる書籍が少なく、一般の神学書には、手を出
せなかったこともあり、安全と思われたエクスクルーシブ・ブラザレ
ンの書籍を読んでいた、という側面もあるのだろうと思います。
それと、聖書以外は、禁書、見たいな雰囲気もあったのでしょうし。
参考文献
Tim Grass(2006) Gathering to His Name, Milton Keynes,
Paternoster.
ISBN 1842272209
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お久しぶりです。2008年1月から地元で家の教会を始めました。北関東にあるオープンもエクスクルーシブの集会にも、とても違和感を覚えています。
2009/6/6(土) 午前 9:41 [ - ]
Daniel Papaさま ご無沙汰しております。どれが正しいとか、どれが間違っているという立場に立っておりませんが、個人的には、どの教派であれ、どのキリスト者集団であれ、問題を抱えている部分はあると存じております。要は、キリスト者としての一致を目指しつつ、さまざまな信仰を巡る多様な考え方とどう折り合いをつけていくのか、ということだと存じます。
2009/6/7(日) 午前 7:17 [ kaw*muk*ih ]
ご自身で家庭集会をされるのも、一つの方法、他のキリスト者の手段に属するのも一つの方法、要は、神の民としてライフスタイルの問題と思います。家庭集会の良さは、非常に個人的な問題をクローズドな環境で扱えることと存じております。ただ、その弱さは、どうしても特定の信者への負担が大きく、信仰のバラエティにかけること、の2点かと存じます。罪ある者で構成される人間社会には完全なものはないと理解したうえで、集うスタイルを考えることは大切だなぁ、と思っております。貴地家庭集会の上に豊かな主の恵みがありますように祈っております。
2009/6/7(日) 午前 7:21 [ kaw*muk*ih ]
ありがとうございます。旧知の兄弟姉妹達からも、同様な訴えが多く、場合によると当集会がそうして兄弟姉妹の受け入れ先になるのではと思います。
2009/6/8(月) 午後 4:00 [ - ]