今回がローアーさんの書かれたものの和訳の最後に
なります。
この年には、三島と福井での伝道が中止されたことなど
があります。この撤退の背景はよくわかりませんが、しか
し撤退することも、一つの方法ではあろうと思います。
歯を食いしばって頑張る、という方法もあるのでしょうが、
玉砕するよりは、一時的な撤退ということも大切なことだ
と、個人的に思います。
この前、京都集会の献堂式の音声ファイルを入手したの
ですが、そこでは、和歌山におられた山本さんが京都集会
を立てることを決め、それに三原集会にいる沖見さんがまき
こまれ、そこに、芦屋集会のケアンズさんが協力することに
なり、しばらく、和歌山から沖見さんが、京都まで来たり、
ケアンズさんと沖見さんが京都に定着してからしばらくは、
和歌山まで京都から前泊して手伝いに行ったり、山本さんが
泊まりで京都に来たり、ということで京都の伝道がされた
ようです。
また、コールドウェルさんが青森から通いで函館まで
通っていたのですが、集会がたてられ、北海道での定着
の第一歩が始まったのがこの年です。広島は、このあと
四国中国地方の伝道の核の一つとなっていきます。群馬
県は、伝道が初期の段階から始められたこともあり、非
常に多くの集会が現状で数多くあります。
1960年代が、ある面で現状の集会の基礎の形状がこの
時期に確立していくことが分かるようです。
-----------------------------------------------------
1960年
宣教師の到着
R.ケアンズ氏(アイルランド)
グドール夫妻(ニュージーランド)
既存集会 27
既存の内消滅 -2(三島と福井)
新規 6(函館、砺波、郡山、前橋、京都、広島)
-
計 31
コルドウェル夫妻、函館での奉仕を始める。
滝川さん伝道者として推薦される。
山岸さん砺波での伝道を始める。
マカリスタさん郡山での集会を始める。
伝道者の北野さん、前橋で集会を始める。
京都で集会の証が始まる。
ブラウンさん、広島で集会を始める。
コルドウェルさんとピリーさん、結婚する。
1959
MISSIONARY ARRIVALS
MR R. CAIRNS (Ireland)
MR. & MRS. GOODALL (New Zealand)
EXISTING ASSEMBLIES 27
OLD LOST Fukui & Mishima -2
NEW ASSEMBLIES 6
--
TOTAL 31
MR. & MRS. CALDWELL START
ASSEMBLY AT HAKODATE
S.TAKIGAWA COMMENDED AS EVANGELIST
BR. YAMAGISHI STARTS
ASSEMBLY AT TONAMI
MR. & MRS. McALISTER START
ASSEBLY AT KORIYAMA
EVANGELIST KITANO STARTS
ASSEMBLY AT MAEBASHI
ASSEMBLY TESTIMONY
BEGUN AT KYOTO
MR. & MRS. BROWNE START
ASSEMBLY AT HIROSHIMA
S. CALDWELL & M. PIRIE MARRIED
1960年、プロテスタントのキリスト者の証の新しい始まりの年
(横浜での宣教開始から100周年、2009年は、横浜での宣教開始
から150年)には、非常に大きな拡大がみられた。
コルドウェルさんが結婚した後、函館に移転し、その地での
集会を建て始め、これは最北の島北海道で最初の集会であった。
滝川さんが青森の地での主の働きのために、青森集会から推薦
された。
盛岡での働きが確立された後、三浦さんが、先進伝道者とし
て盛岡から推薦され、マカリスタさんが郡山で新しい証人とし
て推薦され、移動した。
北野さんは渋川から、新しい都市の前橋で新しい証をはじめ、
そこで数人の回心者を得た。
和歌山集会からの兄弟(山本さんと沖見さん?)の支援を得て、
京都集会は集会として集まりをはじめ、数年前からの福音の証
がさらに強められた。
山岸さんは、王子集会(今の阿倍野集会の前身)から推薦さ
れ、砺波に移転し、その地の信者を立上げた。山岸さんは、そ
の地での伝道説教を何年も前からしており、数人が救われた。
東京の東北沢集会は、その近隣のところに集会所を建て、そ
の移転先の地名から、経堂集会として知られることとなった。
ブラウン夫妻は、有名な広島市に焦点を当て、それまで集会
の証がなされてこなかったところで奉仕を始めた。この年は、
男性信者の到着の少なさへの関心があったが、この年は久しぶ
りに、数人の男性の宣教師がやってきた年であった。
証はなおも続く。
------------------------------------------
1960, the first year of the new century of Protestant Christian witenss, has
seen quite a remarkable expansion.
After their marriage Mr. and Mrs. Caldwell move to Hakodate to establish
the assembly there, the first on the northern island of Hokkaido. Mr. Takigawa
was commended by the Aomori assembly for the work of the Lord in that area.
After seeing the work we established in Morioka, and Mr. Miura commended
to whole time service from the assembly there, Mr. and Mrs. McAlister moved
to Koriyama to commence a new witness.
Mr. Kitano moved from Shibukawa to start a new testimony in the city of
Maebashi where several had professed conversion.
With assistance from brethren in the Wakayama assembly the Kyoto believers
were able to meet as an assembly and their gospel witness started a few years
previously was furthre strengthened.
Mr. Yamgagishi, commended from the Oji meeting in Okasa, moved to Tonami
to establish the believers there. He had preached there a number of years before
and had seen saveral saved.
The Tokyo Higashi Kitazawa assembly built their hall in an adjoining area
and became known as the Kyodo assembly.
Mr. and Mrs. Browne's move to the famous city of Hiroshima saw the start
of a new testimony in an area completely untouched by assembly witness so far.
It has been good to welcome some more men missonaries this year after a
lapse of four years as far as men were concerned.
------------------------------------------
THE LORD WILLING A BEGINING, NOT THE END.
|
和歌山のYさんのことでしょうか?
うちの集会で話されていたことと総合的に勘案しますと
津久野のYさんのことだと思いますが・・・
さて、真実はいかに・・・
2009/12/9(水) 午後 2:55 [ ぷにょす ]
このへん、真実が定かではないのですが、京都集会の建設時に、和歌山の山本さんがかなり関与していたことは間違いないと思います。ただ、活動を始めたころの山本さんの関与は分かりません。ただ、沖見さんが京都に行く原因を作ったのは、関係者からのヒアリングによれば、和歌山の山本さんだということはほぼ確実ではないかと思います。
2009/12/9(水) 午後 9:57 [ kaw*muk*ih ]