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延期された王国というタイトルの下で、Bassは次のように
この議論の特徴を説明しています。
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延期された王国の考え方は、神の王国がユダヤ的な概念である
ことに深く関係しており、ディスペンセーション主義が伝統的な
信仰と異なる点の一つです。
延期された王国は、神の国がどのようなものであり、どのような
ものとなるべきなのか、ということから出てきている。イスラエル
の王国としての再建が文字通りなされることになるはずであり、現
在ダビデ王権の復権がなされていない以上、王国の実現はまだ延期
されていると理解されている。
この復権した王国や王国は提示されたもののまだ確立していないと
いう強調は、キリストの十字架と復活したキリストの栄光の反映であ
る教会の栄光をかなり減ずるものとなる。イルラエル国家の回復への
強調は、信者がキリストの体の一部となる原因となった十字架の勝利
を弱めることとなる。
千年王国主義者は、千年王国の中でイスラエルが神との関係を持つ
ことを信じてきたが、この関係はキリストの死を通しての恵みによっ
て確立されたものである。
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Bassの言いたいことは、分かりますが、おそらく、千年王国主義に立つ
人々の立場は、旧約聖書の世界の再現を目指す以上、ユダヤ人とキリス
ト者は別の論理に依拠することになるというのが、ディスペンセーショ
ン主義者の立場なので、Bassがいくら、キリストの栄光や十字架の意味
や価値をとりあげても、話は平行線をたどると思います。
旧約聖書の重要性と新約聖書の重要性のバランスをどうとるのか、
といった問題とも関係しているように思います。旧約聖書は解釈自体が、
そう簡単ではないことが多いこともあり、話すほうとしては取り上げに
くい部分もあることへの反省として、旧約聖書のテキストも重視すべき
であり、それを定規を当てるように読んでいくべきという時代の雰囲気
がこのような解釈を生みだしたのではないか、と思います。
あと、この延期された王国の概念が、クリスチャンシオニズム運動と
深く関係しているようです。延期された王国という理解に立つ人すべて
やすべてのブラザレン運動の関係者クリスチャン・シオニストではない
と言ってよいと思いますが、この理解をさらに展開し、進めてていくと、
クリスチャン・シオニズムにつながる可能性をもつように思います。
ミイラ取りがミイラ取りにならないようにしようとおもっていますが。
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