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Tim GrassのGathering in His Nameの中pp.167-168からDoctrial Disctinves(教理上の特徴)のうち、『終末の出来事』についての記 載を紹介しながら、考えてみたいと思います。 ----------------------------------------- ブラザレンの起源における終末論的な考え方の果たした役割 について過剰に反応する必要はないにせよ、コンゲルトン卿(ブラ ザレン派に属した英国貴族の一人)の評価として、「ブラザレン派 の考え方においては、前千年王国主義以外の考え方を持ったこ とがない」と記録されているが、このことは疑う余地がないほど、 事実といってよい。この終末論の考え方は、進歩についての現代 の考え方から、彼らを引き離し、伝道熱心さを形作り、多くの指導 者たちの社会との関係性についての態度を形成した。救済論で もふれたように、ブラザレンの終末論は、現在あるものの改良と いうよりは、(古いものが新しいものと置き換わるという)置換のモ ティーフによって彩られている。Open派でも、Exclusive派でもブラ ザレン派の現在の主流派は、ディスペンセーション(天啓史観)的 な前千年王国主義である。しかしながら、最初のころは、他の考 えを持つ人もあり、Leominsterで1887年に開催された大会では、 これらの預言についての考え方の不一致が議論され、再臨前に 神の歴史への介入があるかどうかに関する議論が行われた。 ----------------------------------------- この終末論の考え方については、Grassが指摘するように、あ まり過剰反応する必要がないものの、ブラザレン派の人々と話 すときには、相手が非常に熱心に終末とその預言について語り 始め、とうとうと聖書に根拠があるとブラザレン派の人々が考え ている内容を聞かされるに近い状態に置かれる可能性がある ので、この終末論をあまり根掘り葉掘り細かな点まで議論する ことは避けたほうがよいのでは、と思います。もちろん、だから と言って終末論を考えたりしてはいけない、とか、終末論は重 要ではないということを主張しているわけではありません。しか し、終末論については、聖書があまり明確な表現があるという 内容ではないこともあり、かなり解釈の多様性がある部分でも あるように思います。終末論のあまり細かい議論で揉めて、本 来見なければならない神やイエスへの関心が薄まるのは、あ まり賢明ではないかなぁ、と思います。 で、個人的にどうかと言われると、聖書的な根拠があるとい う確信はありませんが、前千年王国かもしれないなぁ、そうだ ったらいいなぁ、とは思っています。個人的には、新しいもの が突然置き換わるというようなことはあまりないかもしれない、 と思いますし、その日を息を殺して待つのではなく、ある程度 地上のことにも積極的にかかわっていくことが大切かなぁ、と 思います。そのせいで、聖書への理解を深めることや、キリス トとの関係がおろそかになるのは、いかがかとは思いますが。 要は、バランス感覚なのかもしれません。 |
ブラザレンの発展史
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