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Tim GrassのGathering in His Nameの中p.168からDoctrial Disctinves (教理上の特徴)のうち、終末の出来事についての記載を紹介しながら、 考えてみたいと思います。 ------------------------------------------------------------ 19世紀が終わりに近づく中で、部分携挙は混乱を生む話題となりまし た。この考えは、聖い生活をし、注意深く見ている人々は、再臨のとき に携挙され、千年王国で支配の座に就くものの、そうでない残りの人は、 大艱難時代の苦しみの中で聖められるとする考え方である。この考え 方は、信者の希望が恵というよりは、人間的努力に基づくものとしかね ないことという恐れがあるために、多くのブラザレン派の人々からは否 定されたものの、ときどきこのような考え方の言及が行われたことから、 このような考え方が一部の人に受け入れられたことが知られる。 ------------------------------------------------------------ ChapmanやMullerにも、この考え方が一部受け入れられていたことなど からも、この考え方は一部のブラザレンにいまだに強く残っています。個 人的には、わからないし、聖書が明白に言及していないことを考えること は、思考実験では許されても、断言することはどうかなぁ、と思います。 ただ、再臨の問題は、信者の実際生活に大きな影響を与えるだけに、 慎重な取り扱いが必要であろうと思います。まぁ、1970年代のノストラダ ムスの大予言といった本がベストセラーになったころには、日本でも再 臨が繰り返し述べられ、再臨に取りつかれ、人生が歪んでしまった人々 も少なくなかったことを思い出しますが、その総括は、いまだに十分では ないのかもしれません。 |
ブラザレンの発展史
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