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Tim GrassのGathering to His Nameの中p.171からBrethren and Scripture(ブラザレンと聖書)についての記載を紹介しながら、考 えてみたいと思います。 --------------------------------------------------------- 人生は、荒野における寄留者としての生活であるということは、 ブラザレン派の讃美歌や霊性を養う書物の中で繰り返し表現され るテーマであり、そのことから、ほかの国の市民として地上的な事 象に関与しないという考え方と一致するものであった。ブラザレン 派の文献の著者は、神の言葉の中に、荒野の中での幕屋につい ての学び以上に若いクリスチャンにとって重要なものはない、と いうことに関して、かなり楽観主義的である人々が多い。 --------------------------------------------------------- 確かに、ブラザレン派の信徒が、幕屋に関してもっている関心は 非常に深いものがあります。日本でも、幕屋に関する本が伝道出 版社から翻訳出版されていますし、幕屋を構成する素材に関して、 かなり象徴的な解釈を語られる方もおられます。個人的に、そこま で解釈を読み込んでいいのだろうか、ほかの聖書の場所から、そ の解釈を可能とするような理解を導くことができるのか、ということ の論拠なしに、これは、こういうものだから、これがクリスチャンの 生活を表している、というようなお話をお聞きしたことがあります。 そのような聞きながら、その根拠とは聖書のどこから得られるの だろうか、とふと考え込んだことが何度かあることを、この部分を 読みながら、ふと思ってしまいました。 |
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同感です。
私も幕屋の詳細に関しては、考えてしまいます。語り手の持っている前提条件によって、いくらでも意味つけ出来てしまうように思います。
幕屋から学べることが多いだけに、歯がゆいところです。
2011/4/16(土) 午前 8:16 [ g_topspeed ]
鳩様、
コメントありがとうございました。
そうですねぇ。幕屋は、神と出会うところ、ということで、神と人との接点でもあるのですが、他の個所に比べて、そこだけ取り出した議論がやや多いと思います。
聖書解釈と前提条件(世界観や思い込み)は意外と重要でありながら、意識されていない課題であるのですが、聖書を読むときに、預言にせよ、幕屋にせよ、神の国にせよ、福音と書かれている部分にせよ、思い込みで読まないことの大切さを強く感じます。
2011/4/17(日) 午後 5:36 [ kaw*muk*ih ]