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Tim GrassのGathering to His Nameの中pp.175-176からブラザレン文化 に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のA Typical Sunday(典型的な日曜日)についての記載を紹介しながら、考えてみたい と思います。 --------------------------------------------------------- 定期刊行物に散見される表現からは、子供たちが聖餐式に参加しなか ったことが分かる。子供たちが家にのこるため、両親のうちのいずれかが 家に残ったことが分かる。とはいえ、定期刊行物には、親が子供たちを連 れて聖餐式に参加し、どんなことが行われているのかをみることを推奨す る記事が見られるものの、子供たちは、他の関与しない人々と一緒に集会 の後ろ側に座るものとされたが、観察の目が光っていないと、いたずらを すぐにすることがあった。 --------------------------------------------------------- 子供が集会、とりわけ、聖餐式(礼拝)参加の問題は、議論が分かれる ところではあります。今なお、議論が分かれていると思います。 とはいえ、個人的には、積極的な子供の参加があるほうがよいと思い ます。家族であることをすすめている神がまとめている家族を分離させ なければならないほど、聖餐式は重要なのかなぁ、と思います。仮にそ うだとしても、イエスは積極的に受け入れていった姿勢が、イエスの言葉 とともに福音書に記載されています。そもそも、イエスは、小さきものを受 け入れよ、とおっしゃったように思います。子供を身近に引き寄せましたし。 このあたりのことを考えると、子供たちがいやすい環境づくり、というのは 大事かなぁ、と思います。とはいえ、子供たちが大騒ぎして礼拝に集中で きないのも問題かもしれませんが。 そういえば、以前お世話になっていた北関東のS集会では、40年以上 前のことですが、大人たちがパンを割こうと思ったら、そのパンを子供た ちがこっそり食べていてなかった、というようなことがあったようですが、 そういうおおらかさがある集会って、ある面でいいなぁ、と思います。私は そこにしばらく居させてもらったので、ずいぶんと考えが変わりましたが。 |
ブラザレンの発展史
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