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Facebook上で、非常に面白い文書を見つけ、日本語に翻訳 or 和訳 or 日本語変換したいと思い、試しに日本語で読めるようにしました。かなり雑な翻訳の続編です。今日は、第6章です。前回から手紙の本文の続きです。内容としては、かなり厳しい表現となっていますが、ある面の事実を示していると思います。
なお、次の記事で、英文も載せておきます。【】で囲った部分は、変換者の意見・コメント・注釈です。 --------------------------------------------------------------------------
しかしながら、私たち、若い世代の人々は、ほかの【キリスト教会にいる】信者たちに対して傲慢な態度をとり、恵みと真理の間のバランスがかけている結果、若い人々が間もなくだれもいなくなってしまうかもしれないような集会の現状にかんして、若い世代の人々は忍耐の限界に来ています。我々が聖書知識について高慢ちきになっており、基本的な教理を実際に実行することができていないのではないでしょうか。ときどき、私は、「私は、これこれのことをした、あれらのこともしました。私は・・・・・のような人でないことを感謝します」と祈った神殿の中の高慢なパリサイ人(集会に行く人)【ここでの表現は、ルカ18章11節の表現を引用しているものと思われる】のようなひとをを見かけます。そのことは、今は、「天に目を上げることもしない謙遜な胸を打ちたたく取税人(バプティスト派の信者や、ほかの教派に行く人)で、神の恵みを求めて心から祈る」人ではないということになるのではないでしょうか。義と認められたのは、取税人であって、パリサイ人ではなかったのではないでしょうか。【うーん、怖くて、こんな問題発言、私には無理です。しかし、まぁ、他派の人が救われてない、と平気で言うキリスト集会におられる信者さんと時に出会うことがありますので、何とも言えないのではありますが。私は、そんな信者さんが、より理解を深めてくださるとよいなぁ、と思うのですけれども。】ご存知のように、我々は集会の中にいる人々で、より霊的なものであり、【パリサイ派の人々のように】言行において、極端なまでに細かい所にまで注意を払う人々であるにもかかわらず、私たちのすべてのtがなくなり、iにドットが付されていけば【この変換者には、推測がつきませんでした。この文章は意味不明でした。私に代わって、どなたかわかる方、なぞ解きをお願いします。】、(i's and t's へのコメントくださったS様ありがとうございました。)私たちはもう一つの永遠の端【おそらく、神の国での出来事について、言及しているものと思われる】での出来事に、驚くのでしょう。しかし、実際、私たちは、我々のプライドと、キリストに似る性質が不足していること、そして、若い人々への配慮の欠乏から、最大の敗北者【このLoserという語は、他人を貶めるためによく用いられる語です。日本語では、負け犬とか負け組、が適切な対応語だと思います。いずれにせよ、情けない奴、とかくだらない奴、といった印象のある激しい言葉です。私には、こんなこと書けません。】になっているかもしれないのです。 --------------------------------------------------------------------------
このあたりが、この人が言いたかったことでしょうねぇ。自分たちこそが真理をもっていると思い込み、自分たちだけの世界にこもっている、そしてほかの人々を見下しているその視線を彼女は我慢できないのでしょう。しかし、冷静に考えるとき、彼女の視線にも、問題があります。というのは、そのような情けない人々(Losersになっているかもしれない人々)であっても、イエスは愛していますし、その内部に入れている、という視線です。たとえ、高慢で、人を遠ざけるような嫌な印象を与える人々のためにも、イエスは死んだという事実を考えるとき、その問題をここで考える必要性はあると思います。
確かに、私たちの中は来ていただく人たちに制限を設けていない、とは表面上は言っていても、実際的に制限を設けている場合もあります。聖書を読めない人(知能水準の問題や障害のある人、聖書の内容を理解する能力に欠ける人々)、集会中に非正規発言をする人などを、あるいは我々の理解に疑念を呈する人々を私が、柔らかく包摂する能力を持っているのか、ということは、私自身常に自問自答しております。基準が高すぎてほかの人々を受け入れられないことも検討が必要かもしれませんが、そうであっても、ほかの人々を柔らかに包摂しようとしたこの運動の初期時代の信徒たちのような視点を持ちたいと思います。例えば、ギリシア語を話す人々と、へブル語を話す人々での配給の違いで大問題になりかけた時、両者を包摂しようとした態度、さらにそのために、最初の執事と呼ばれる人々が選ばれたことを、よく考えたいなぁ、と思います。
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