ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

ブラザレンと預言理解

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今年、東大阪で開催された大会の総合的な印象をお話していきたいと思います。おそらく、2回連続ものになると思います。

 先日Superdrama TVをみていたら、Law & Order Season 19 No.14はRaptureというタイトルの番組でした。この話、お断りしておきますが、ドラマですから。ドラマはドラマなのですが、Law and Orderは結構米国で、起きていそうでぎりぎり起きてないかなぁ、起きても不思議ではないかなぁ、見たいな内容を扱うので、単にドラマだから・・・・、と言えない部分があるのですね。困ったことに。なお、このLaw and Orderは米国で知らない人がいないくらいのドラマで、セサミストリートで、パロディ(SVU版のパロディ)が流れるほど人気があります。なお、パロディ版は、これ。

 Law & Order Season 19 No.14はRapture(空中携挙)のお話の中身は、今回の東大阪の学び会で会った内容とも絡むので、ここで、まず紹介したと思います。

 さて、Law & Order Season 19 No.14はRapture(空中携挙)の内容は、アメリカ国内で再臨にとりつかれた人々、旧ソ連(ウズベキスタン)からユダヤ人を帰還させる運動にまつわる人々が起こした犯罪行為にまつわる事件を扱ったものであったのです。

 お話としては、親ユダヤ系の極端な再臨信仰の強い(どの教派かは分からない一般的な名前にしてありましたが)キリスト者のNPOの経理担当者が、ユダヤ帰還運動を進めるにあたって詐欺行為を働くのですが、この詐欺行為をした経理担当者がなかなかの知能犯で、ウズベキスタン政府が機関にあたって、税金を求めているから、その支払いのために必要だと言って、架空経費を作り上げ、ウズベキスタン政府に納めたことにして、着服するのですね。その支援者の一人が、ウズベキスタン政府に問い合わせをし、そのからくりを見破り、会計責任者が着服した献金のうち、自分の納めた献金を返せ、ということを会計責任者に言ったため、露見を恐れた会計担当者が殺してしまう、という事件の解決をめぐるドラマだったんですね。この事件の捜査と裁判の過程の中でいろいろなことが明らかにされていきます(Law and Orderの通常版(ほかに、Criminal IntentとかSpecial Victims’ Unit, LAとかLondonというシリーズがあるらしい。London以外は見たことがあるけれども、個人的には、裁判のシーンと法廷で弁護士と検事がレトリックの限りを尽くして戦うシーンの時間が一番長い通常版が好き)。

 ちょうど、このシーズンの設定がNew Yorkの検事総長の選挙(アメリカでは、検事総長はれっきとした公職なので、選挙で選ばれる)中ということもあり、裁判で帰還運動が送れるような弁論をしたり、そういう組織を訴えると、反ユダヤ的な発言やこの種の空中軽挙などがないという論調で裁判中の弁論をすると、ユダヤ社会やこの種の考えを肯定的にとらえる特定のキリスト者集団からの検事総長選挙での投票が期待できなくなり、落選するかもしれないと言い出す検事総長が、公判にならないようにDeal(司法取引)するように次席検事に圧力をかけたりと、まぁ、いろいろあるわけです。

 検事局による調査の中で、裁判の場でのこの運動にかかわっているユダヤ人帰還運動を進めている組織の牧師さんが、どうも、この会計責任者が着服したうえで、殺したらしい、ということを知っているのではないか、という印象を持った男性次席検事が、この牧師さんから聞き出そうとするのです。なぜ、あなたは、帰還運動にこだわるのか、いま、この会計責任者が逮捕された疑惑で、資金の集まりが悪くなり、運動が止まっていないのか、もし、この疑惑が晴れたら、献金がまた集まるようになり、活動ができると考えているのではないか、そうしたら、再臨が近くなるのではないか、という思いを持っているのではないか、と追及します。そして、その説得に、聖書の中でも言うではないか。「カイザルものは、カイザルに返しなさい。神のものは神に返しなさい。」(マルコ12・マタイ22・ルカ20)をいんようしながら、検事局が問題にしているのは、神のことではなく、カイザル(おカネと殺人)のことであり、あなたは、それを混乱させていないか、と追及します。さらに、法廷で嘘をついてまで、再臨を近付けることが本当にあなたが願っていることなのか、と牧師さんは男性の次席検事から追及されます。

 その追求の中で、女性の検事(ラテン系女性検事かな)が、この犯人を隠避しようとしていた牧師に向かって「あなたは、イスラエルへの帰還事業をすれば、 再臨が近付く、と思っているからでしているのでしょう。でも、なぜ、その時を知っていると言えるのだ?」と語りかけるシーンがありました。そして、あなたはこの本が何か分かるか、と聞くと、その牧師は、それは聖書だ。と牧師が答えます。そして、たたみかけるように牧師に対して「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」(新改訳 第3版 マタイ24:35-36 原文では、確かNew International Versionだったかな)を引用し、「空中携挙がいつなのか、私も知らないし、イエスも知らないし、もちろん、あなたも知らないわよね。」といったシーンが出てきて、牧師を支えていた思いが崩れ去ったあと、女性検事が「あなたは迷った時どうするのか?」と牧師に問いかけます。

 そこで、牧師に向かって手を差し出すのです。そして、その女性検事の差し伸べられた手を牧師は握り、そして、信仰心のかけらもなくて、自己顕示欲の塊のような次席検事(女性検事のボス)も、女性検事に促されて祈りのために一つになる、という姿を映した後、いきなり、裁判の場面に転換し、牧師さんが不正を働いた会計責任者が殺人した、ということを証言し、有罪になります。日本のドラマだと、ここで大抵お終い(Justice has served)なんですが、Law and Orderはそれでは終わらないことが多いのですね。やはり、この回も、そうで、法廷での裁判が終わって、殺人を犯した会計責任者が、有罪になったあと、検事局のオフィスに戻ってきて、検事総長が、有罪にできてよかった、と言った後、なんでそうなったんだ、と男性の次席検事に聞くと、いやぁ、女性検事が、聖書をことばを使って牧師を説得してくれたからだ。と答えるんですね。するとそれを受けて、女性検事が「わたしがしなければならない宿題をしただけよ。裁判に必要なら聖書も読むわ。」と検事総長と次席検事にこたえます。それを聞いた、検事総長は、ふたりに、「じゃ、私の宿題もしてもらえばよかった」と言いながら、エレベータに向かいます。そのエレベータの乗り際に、女性検事が「どんな宿題?」と主任検事に聞くと、「今夜の検事総長選挙に向けての公開討論会。そのテーマは政治と宗教」と答えてブラックアウトしていくのです。まぁ、面白い番組でした。


 特に、今週、東大阪であった学び会について書いているところだったので、無茶苦茶、印象的なTVドラマといえ、非常に印象的な回でした。

 なんで、学び会と直接関係ない話を長々としているか、というと、実は、殺人事件を起こしたり、横領事件が起きたりしているとは思いませんが、これと同じような精神構造に、つまり人間的な努力や、再臨を願うあまりに人間の領分を越えた、父の領分、つまりJHWHの分野に入り込んでいないか、ということを思ったからなんですね。そして、そのことにあまりに熱心になるあまり、本来の聖書理解や、素直な聖書理解をゆがめていないか、本来、それほど聖書自体が重点を持って書いていない部分をあまりに重視しすぎている傾向があるのではないか、ということです。

 今回の東大阪の大会での学びの午前中の一番目の回についてのコメントで、お話になられた方は、「再臨が近いということで、勉強やら仕事やらといった日常生活にゆがみが発生する」という姿と、「再臨がすぐには来ないので、教会生活がおろそかになり信仰から離れてしまう」という姿の危険性を触れておられたことに関して、もっと、キリスト者として私が気になることは、結局、多様な解釈が成立しうる預言理解にある一定の理解のみに走ってしまい、本来もっと深く味わうことができるはずの豊かな福音、神との関係、神を知ることについての理解を深めていくことができていないのではないか、という疑念を述べました。うえでふれた、ドラマではないですが、ある理論の怖さ、というのは、その理論で見ると、何でもそんなふうに見えてしまう、ということなのです。

 安藤和子先生(京都インターナショナルユニバーシティ)の書かれた本に、「ダーウィンメガネをはずしてみたら」という安藤先生の証の本がありますが、個人的に提唱したいのは、再臨論も重要ではないと言わないけれども、「再臨論というメガネを一時的にはずしてみる」くらいのことはしてみてもよいのではないか、と思うのです。J.N.Darby以来、伝統的に、私たちのキリスト者集団は、再臨が近い(Darbyは1860年代ごろ再臨があると思っていたらしいです。)こととそれに関する切迫感というのかあせりに似た感情を、ロケット燃料のようにして福音を伝えてきた部分がないとは言い切れません。すべての人がそうだと言い切るつもりはありませんが。ただ、このことは影響しましたし、現に1970年代後半から80年代前半にかけて、再臨ブームが関西を中心とした信者さんの間で急速に広がり、その結果、多くの人が神と出会ったことも確かです。それは、ある程度きちんと評価されるべきだと思いますが、それと同時に、Luceさんがコメントくださったように、それがもたらした弊害ということを考え、きちんと評価したほうがよいのではないか、というのがわたしが今回強く感じたことですし、これを学ぶことは重要ではない、とは言いませんが、初心者や高校生がいる場で、このような特定の理解しずらい再臨について学ぶ意味とはどういうことのなのか、ということは、もう少し冷静に考えたほうがいいように思うのです。

 次回に続きます。

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