ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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Tim GrassのGathering to His Nameの中p.184からブラザレン文化に関する部分、The Emergence of Settled Patterns of Assembly Life and Worship(集会生活と礼拝のパターンの成立)の中のThe Changing Role Played by Women(女性の役割の変化)についての記載を紹介しながら、考えてみたいと思います。

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多くの女性たちが、疑いもなく、今日の女性の関与の仕方を制限的にする基礎を作り上げていったことは、疑いのないところであろう。ある雑誌の記事を書いた人たちは、このことに関して非常に敏感で、新約聖書に記載されている内容として、女性が果たした様々な役割を広く認識し、そのような現代的な必要があることを認めつつも、女性の役割を制限的にとらえることが大事であるとされ、女性の参加を認めることで、許された範囲を超える可能性があることを減らすべきであると考えられていたという印象がある。ブラザレン派の人々は、多くの教会の教会生活やブラザレン以外の福音派の教会の女性の生活のかなりの部分を占めた博愛主義的な働きを軽蔑する傾向があった。その結果、女性たちの能力と熱意は、否定的にとらえられることとなった。事実、社会から認識される博愛主義的な働きはブラザレン派の男性によってなされることが続いた。

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基本的に、ブラザレンが生まれた社会は、ビクトリア朝であり、その当時の女性の在り方の理想とされたビクトリア女王が、良妻賢母型のライフスタイルである、と広く認識されていたようです。ビクトリア女王は、当時の女性のロールモデルとなった、という背景もあって、女性がしとやかで、男性を支えるような役割が一般の女性について期待されいたという側面があるようです。

産業革命後の囲い込みの結果、当時の悲惨な都市部での生活がありました。この都市での生活改善を行う上で、人々を支える博愛主義的な活動は、非常に重要な役割を生みだしました。ロンドンでの水道、下水道の整備、学校の整備、消防の公営化、都市計画、良好な公営住宅の提供などが、博愛主義的な運動の結果、生み出されて行きました。日本でいえば、ちょうど明治維新のころでもあり、明治政府がこれらの欧米の事例を参照した結果、日本では、学校制度、兵制、上下水道の整備などが生まれていきます。

 女性たちが自ら、その役割を制限的にとらえていった、という背景がいまだに影響しているというのは、それなりの文化的時代的背景があっては忘れられてはならないことを認識しておいたほうがよいかもしれません。
 
 その後、イギリスでは、エリザベス2世の治世が現在もなお長く続いていることもあり、彼女のスタイルの影響も長くイギリス人に影響を与えています。とはいうものの、イギリス自体が、米国文化の影響を受けていることもあり、相当変質しているように思います。映画Queenはそのことを暗示しているように思います。Diana王妃がQueen of Englandになっていたら、どうなっていただろうか、と思うのは、歴史家には許されないといでしょうけど。

 ちなみに、Diana王妃が謀殺されたという見解は、見解としてはお認めしますが、個人的には、その見解に同調いたしかねます。

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