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アリスター・E・マクグラスのポストモダン世界のキリスト教 教文館 稲垣和久監訳は、非常に面白い内容を含んでいるのですが、その中に次のような表現がありました。そのうちにお勧めの本で、ご紹介したいと思います。
同書の77ページに次のような表現があります。
カール・F・H・ヘンリーは、ファンダメンタリストたちが独特の社会的ビジョンを備えた世界観として、キリスト教を提示せず、キリスト教の宣教という唯一の側面だけに集中することを選んでいると論じました。その結果として、どうしようもなく社会的ビジョンの欠落した貧弱で矮小化された福音が世に提示されていました。ファンダメンタリズムはあまりにも浮世離れしており反知性主義的でしたので、教育を受けた人々は耳を傾けませんでした。さらに、ファンダメンタリズムは、概してキリスト教がどのように文化及び社会生活にかかわるのかを探求してきませんでした。
このアリスター・E・マクグラスの主張は、非常に大きな示唆をブラザレンに与えると思います。ここに書かれている内容の一部は、ブラザレンにとって非常に耳の痛いものでもあると思います。キリスト教の宣教、と記してありますが、福音の宣教、あるいは伝道に集中するあまり、社会的ビジョンの欠落した、社会とのかかわりをあまりに無視した傾向がブラザレンの一部には、あったと思います。少なくともなかったとは、いえない様に思います。
とはいえ、日本では、英語やドイツ語といった海外から来られた宣教者の持つ、他国語が伝道の誘引となっていることが少なくないので、その結果として、信者の一部に、個人的な努力の結果、社会的文化的な関与を考えるような方もなくはなかったのですが。
とはいえ、ブラザレンには、いわゆる社会的には、インテリと分類される方が少なくないのですが、文化、及び社会生活にかかわるのかの探求という面では、世が悪であると考えるあまり、そこの部分との関与に関しては、若干その視野が偏りがあった面が少なくないと思います。
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