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[ kaw*muk*ih ]
2010/1/24(日) 午後 5:05
luk*_*okit*様
コメントありがとうございました。
ブラザレンは、本来許容度の大きな親交者集団をめざしたはずなのですが、ダービーの一致の考え、それを引いたダービー派の方々の主張が印刷物で幅を閉めたものですから、その後大きく変質したようです。
伝承(長老の聞きかじった伝承、伝統)だけに従って、いる方が多いようです。
昔は、(集会以外の)キリスト教会に行く、と云っただけで「悪霊の影響を受けた」と云った方もおられました。他の教会の方と交わる、ほかの教会に行ってみるだけでも、そこから学ぶべき点、自分たちの特徴が分かるのですが、なかなか、そのような自由さがない集会も少なくないようです。
確かに、分裂を繰り返している側面もありますが、それをもとに伝道ができているとも考えられる面もありますので、善し悪しでしょうね。
ディスペンセーション仮説再び(23)
ブラザレンと預言理解
2010/1/23(土) 午後 7:29
ディスペンセーション仮説再び(23)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2010/1/23(土) 午後 0:09
ディスペンセーション仮説再び(18)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2010/1/12(火) 午前 9:04
ダービーは、アイルランド人であるため、大英帝国への好悪の情が混じったもののようなものがあるようです。ダービーは、王制がばたばたと倒れていく時代の人ですが、その時代にヨーロッパにいたこともご指摘のように影響しているのかもしれません。
ただ、このブログで、200年近くかかってなお収束のつかない千年王国論争をご紹介する野はあまり適切ではないともいますので、ディスペンセーション説とブラザレンの関連だけで、とどめたいと思います。
千年王国についての個人の考えは、千年王国自体を明白に読み解くことはできず、結論は得にくい、と存じております。千年王国の時期をお話したところで、議論的になるだけなので、現状では態度保留を維持しております。
Luce様、コメントありがとうございました。
ディスペンセーション仮説再び(18)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2010/1/12(火) 午前 9:00
Luce様、コメントありがとうございました。
千年王国は、カトリックとその影響が強いところでは、神の国を教会と見る観点から、千年王国そのものと教会を区別しないところもあるようです。ただ、千年王国に関する本
Prisoners of Hope?: Aspects of Evangelical Millennialism in Britain and Ireland, 1800-1880
を昨日から読みはじめているのですが、どうも、この概念はご指摘のように宗教改革後の考えであり、それも、18世紀以降に強くなったことが指摘されていました。ただ、この本を読むのには、少し時間がかかりそうです。
千年王国の問題は、ダービー以前から千年王国の前に再臨があるという期待はありますので、ダービーを千年王国前の再臨があるという考えの出発点とすることは出来ないように思います。ダービーの考えの新しさは、やはり時代区分というものを想定し、分かりやすい理屈の枠組みを提示し、そこに既存の千年王国の前に再臨がある説とを融合したところだろうと思います。
ディスペンセーション仮説再び(18)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2010/1/11(月) 午後 11:05
ディスペンセーション仮説再び(16)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2010/1/9(土) 午前 11:58
Luce様 コメントありがとうございます。
確かに、パウロの福音の律法に対する優先は、当時彼らがシナゴーグを中心に活動し、シナゴーグの中心であった旧約聖書と形式的な律法規則の世界に振り回され、逆行することが福音の価値を損ないかねない懸念からだと思います。
現状については、測りかねているので何とも申し上げにくいのですが、ディスペンセーション説に立つ方々は、普遍的な概念としてこの預言の解釈論に基づいた説を語り、それがある一つの仮説であるとして語るのではなく、聖書からいわれていることである、という無理を重ねておられることがあるので、それっていいのかなぁ、と思っています。たまたま、最近、いのちのことば社から出版されておられたその手の本の一冊を見てしまいましたので。
ディスペンセーション仮説再び(16)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2010/1/8(金) 午後 11:43
ディスペンセーション仮説再び(14)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2010/1/4(月) 午後 8:08



