ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

全返信表示

返信: 802件

[ kaw*muk*ih ]

2010/1/24(日) 午後 5:05

顔アイコン

luk*_*okit*様

コメントありがとうございました。

ブラザレンは、本来許容度の大きな親交者集団をめざしたはずなのですが、ダービーの一致の考え、それを引いたダービー派の方々の主張が印刷物で幅を閉めたものですから、その後大きく変質したようです。

伝承(長老の聞きかじった伝承、伝統)だけに従って、いる方が多いようです。

昔は、(集会以外の)キリスト教会に行く、と云っただけで「悪霊の影響を受けた」と云った方もおられました。他の教会の方と交わる、ほかの教会に行ってみるだけでも、そこから学ぶべき点、自分たちの特徴が分かるのですが、なかなか、そのような自由さがない集会も少なくないようです。

確かに、分裂を繰り返している側面もありますが、それをもとに伝道ができているとも考えられる面もありますので、善し悪しでしょうね。

[ msq*x4*1 mikatarou ]

2010/1/23(土) 午後 7:29

顔アイコン

ウォッチマン・ニーは懐かしい名前ですね。彼の人間論は3分説であったと思います。私は彼の本を読み影響を受けましたが、今は2分説です。どちらが正しいか?という捉え方をするよりも、自分の聖書読解力からすると2分説の方が安全と見たからです。自分の好む説よりも安全と思われる説に傾くのは年老いたからですかね?
(この場合、『年老いた』とは善い意味で捉えていただきたい)
少し的外れなコメントが多い老人より。

ブラザレンと聖書(7)

ブラザレンと聖書

[ luk*_*okit* ]

2010/1/23(土) 午後 5:47

顔アイコン

口語訳、新共同訳はリベラル派の影響があるので、ブラザレンは使わないと思いますよ。

[ Luce ]

2010/1/23(土) 午後 0:09

顔アイコン

>信者のマクドナルド化

double meaningとして面白い表現だと思います。
また、「真理」ということばが日本や韓国のブラザレンで doctrine の意味で使われているということには意識を向けている必要があると思います。
聖書で「真理」と訳されているアレセイヤは truth だし、一般的には真理は principle(原理) の意味も含むので、これらを混同すると誤解や誤誘導の虞があると思うからです。

[ kaw*muk*ih ]

2010/1/12(火) 午前 9:04

顔アイコン

ダービーは、アイルランド人であるため、大英帝国への好悪の情が混じったもののようなものがあるようです。ダービーは、王制がばたばたと倒れていく時代の人ですが、その時代にヨーロッパにいたこともご指摘のように影響しているのかもしれません。

ただ、このブログで、200年近くかかってなお収束のつかない千年王国論争をご紹介する野はあまり適切ではないともいますので、ディスペンセーション説とブラザレンの関連だけで、とどめたいと思います。

千年王国についての個人の考えは、千年王国自体を明白に読み解くことはできず、結論は得にくい、と存じております。千年王国の時期をお話したところで、議論的になるだけなので、現状では態度保留を維持しております。

Luce様、コメントありがとうございました。

[ kaw*muk*ih ]

2010/1/12(火) 午前 9:00

顔アイコン

Luce様、コメントありがとうございました。

千年王国は、カトリックとその影響が強いところでは、神の国を教会と見る観点から、千年王国そのものと教会を区別しないところもあるようです。ただ、千年王国に関する本

Prisoners of Hope?: Aspects of Evangelical Millennialism in Britain and Ireland, 1800-1880

を昨日から読みはじめているのですが、どうも、この概念はご指摘のように宗教改革後の考えであり、それも、18世紀以降に強くなったことが指摘されていました。ただ、この本を読むのには、少し時間がかかりそうです。

千年王国の問題は、ダービー以前から千年王国の前に再臨があるという期待はありますので、ダービーを千年王国前の再臨があるという考えの出発点とすることは出来ないように思います。ダービーの考えの新しさは、やはり時代区分というものを想定し、分かりやすい理屈の枠組みを提示し、そこに既存の千年王国の前に再臨がある説とを融合したところだろうと思います。

[ Luce ]

2010/1/11(月) 午後 11:05

顔アイコン

神聖ローマ帝国とか、キリスト教が国の支配装置とされていた時代には、千年王国の時代が別にやってくるという考えは無かったのではないでしょうか?
王制の時代が終わり、あれは千年王国ではなかった、と誰でも言えるようになってから「黙示録の千年王国はどうなってるのか?」とあからさまに問題提起することができるようになり、ダービーが一説を投じた、と受けとめることはできないでしょうか?

[ kaw*muk*ih ]

2010/1/9(土) 午前 11:58

顔アイコン

Luce様 コメントありがとうございます。

確かに、パウロの福音の律法に対する優先は、当時彼らがシナゴーグを中心に活動し、シナゴーグの中心であった旧約聖書と形式的な律法規則の世界に振り回され、逆行することが福音の価値を損ないかねない懸念からだと思います。

現状については、測りかねているので何とも申し上げにくいのですが、ディスペンセーション説に立つ方々は、普遍的な概念としてこの預言の解釈論に基づいた説を語り、それがある一つの仮説であるとして語るのではなく、聖書からいわれていることである、という無理を重ねておられることがあるので、それっていいのかなぁ、と思っています。たまたま、最近、いのちのことば社から出版されておられたその手の本の一冊を見てしまいましたので。

[ Luce ]

2010/1/8(金) 午後 11:43

顔アイコン

Luceです。
パウロは「律法の否定」を書簡のなかで熱心にくり返しましたが、それは律法主義者に惑わされる人たちが多かったからと考えるべきです。
律法と縁の無かった異邦人が過剰反応して「理屈の上に理屈を重ねていった」結果、割礼も食物規定も礼拝規定も知らないクリスチャンが「道徳律法とどう向き合おうか?」というレベルで恵みと律法について受けとめているというのが現状ではないでしょうか?

[ kaw*muk*ih ]

2010/1/4(月) 午後 8:08

顔アイコン

さやかさん

コメントありがとうございます。ブラザレンのことを調べていく
うちに、ほかのグループにすごい影響を与えていることを知る
ことになり、いったいなんだったんだろうと思っています。

個人的には、預言のことはようわからん、と言い切れる謙虚さを持ち続けたいと思います。

さやかさんにとって、今年がよい一年となるように祈っています。


.
kaw*muk*ih
kaw*muk*ih
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事