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キリスト集会と献金(9)
ブラザレンと献金
[ kaw*muk*ih ]
2012/8/7(火) 午前 7:39
最後です。
個人的には、カトリック、カルバン派、バプティスト、メノナイト、クェーカー、ペンテコステ派、いわゆる福音派・・・と幅広くお交わりさせていただいておりますが、それぞれの強調点を比べてみると、実に多様な信仰形態がありつつも、三位一体と神であり人であるキリストという点だけでは、共通しているなぁ、と思いつつ、その違いとそれを生んだ歴史環境と文化の多様性を見ているだけなんですけどね。
ちなみに、本文の記事に出てくるNeil Dicksonさんは、Scotlandの5世代目の諸集会の信者さんです。ご紹介いただいた外国の兄弟がどこの国のご出身の方で、どのような聖書理解をお持ちの方であるかどうかか私にはよく分からないので、何ともいい難いのですけれども。
キリスト集会と献金(9)
ブラザレンと献金
[ kaw*muk*ih ]
2012/8/7(火) 午前 7:37
アジとカツオは魚類ですが、形態的に異なるものを分類することは、それなりに意味があると思うのですが。その程度の分類学です。アジにはアジのよさがあり、カツオにはカツオのよさがあり、どちらがえらいというわけでないのと同様に、どこかのキリスト者集団(宗派)が優れているという主張をするつもりはありません。本来、カトリックであれ、ルター派であれ、カルバン派であれ、諸集会であれ、キリストを神であり、三位一体の神を認めるとするという意味では、区別する意味はないと言えばないのですが、行動様式と聖書理解の強調点が違うので、外形的に分類できるよなぁ、と思っているだけです。少なくとも、諸集会はルター派や改革派と行動様式ではかなり異なります。
本来、集会の成立期には、イギリス国教会からの信徒を中心にバプティスト・クェーカーなど多様なキリスト者集団からの信者集団により構成されたごった煮というか、寄せ集めに近いひとつという概念だったものが、いつの間にか、統一的な概念が形成され、分類を否定する概念につながったのではないか、と思います。
キリスト集会と献金(9)
ブラザレンと献金
[ kaw*muk*ih ]
2012/8/7(火) 午前 7:15
キリスト集会と献金(9)
ブラザレンと献金
[ tama ]
2012/8/6(月) 午後 6:31
趣旨は分かりました・・・・。
でも、こういう分類は諸集会を宗派ととらえて考えてしまうようなきがしてなりません。先輩のクリスチャンの方々がどうして宗派と交わりをしなかったのでしょうか?
石浜兄も含めて・・・・。それを考えてしまいます・・・・・。
そういう先輩方の苦労がいまの諸集会の土台になってます。
分類をするのは確かに分かりやすくさせますが、それはみことばを軽んじることになりはしないか・・・・、誤解を生まないかと思います。
私の集会に属してる外国の兄弟はこういう分類を強く否定しました。
わたしの根拠は聖書にあります。みことばにあります。
みことばに書いてある事がすべてです。
このブログを正しくないとは言いませんが・・・・。
キリスト集会と献金(9)
ブラザレンと献金
[ kaw*muk*ih ]
2012/8/6(月) 午前 10:17
コメント、ありがとうございました。
外部的な分類でいえば、基本的には、英語圏ではブラザレンと分類されると思います。内部論理的には、納得ができないというのは理解できますが。tama様のブラザレンの定義はどのようなものでしょうか。ジョージミューラーと日本の書集会は無関係なんでしょうか。Tama様の根拠は、ひょっとして台さんの本でしょうかね。この本、国会図書館にも納められていない本なので・・。
諸集会と日本では言いますが、所詮プロテスタントも外部的な分類にすぎませんし。これを言い始めると、何も話が始まらないので、英語圏で標準的な分類として頻繁に用いられているブラザレンを本稿では用いています。ご了解ください。
最近出た海外宣教の歴史に関する本を読んで(10)
ブラザレンと福音宣教
[ kaw*muk*ih ]
2012/7/11(水) 午後 1:58
最近出た海外宣教の歴史に関する本を読んで(10)
ブラザレンと福音宣教
[ ぷにょす ]
2012/6/5(火) 午後 9:26
組織神学の中に教会論と言うのがあります。カルヴァンはキリスト教綱要の中でも教会論にかなり裂いており、教会と国家の関係についてもかなり詳しく論じています。彼自身フランスの絶対王政や、ジュネーブ市当局など、教会と世俗の国家との関係に悩んでいました。ルターの二王国論をある程度評価しつつも、教会も国家も本来はキリストに服するべきもので、教会は国家に対して権力を正しく行使するように諌言しなければならないというのが彼の立場です。ブレザレンは救済論に関しては完全にカルヴァンから神学を借用していますが、既存の教会を否定した為に、教会論は他のどのプロテスタントとも違う特異なもので、カルヴァンをはじめとするプロテスタントが脈々と築いてきた国家との距離間に関する神学を全て捨象してしまっているのが遠因と考えます。
最近出た海外宣教の歴史に関する本を読んで(6)
ブラザレンと福音宣教
[ kaw*muk*ih ]
2012/4/16(月) 午後 10:32
アクラ様
コメントありがとうございました。
中村さんは、数少ない日本の教会史をきちんとご提示いただける方なので、大変参考になります。西洋のキリスト教会史はいくつかあるのですが、比較的バランスのとれた、特定の年代に限られない研究をしておられる、地図みたいな本をいくつも出しておられるので、本当に助かっています。
実はアクラ様のような方が非常に多く、さらにそういう方が結構キリスト教界でご活躍の方に多いので、実は何がそうさせているのか、という関心もこの研究の背後にはあります。
確かに、万人祭司を突き詰めたとは言えるのですが、反面、ゲリラ活動に近い形もあるので、功罪半ばかなぁ、と思っております。
どうせ完全なシステムはありえない、と思っておりますので。
また、コメントいただけたら、幸甚です。



