全返信表示
2012年の東大阪での学び会について(3)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2012/1/21(土) 午後 6:32
2012年の東大阪での学び会について(3)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2012/1/21(土) 午後 6:07
2012年の東大阪での学び会について(3)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2012/1/21(土) 午後 0:42
「黙示録の21章22章には神の花嫁としてのイスラエル、子羊の花嫁としての教会、すべての聖徒たちがいると書かれている」と語られましたが、新天新地の住人として、「神の花嫁、イスラエル」はどこに書かれているのでしょうかね?
逆に、明示されていれば、教会だけだという説は出てこないわけで、この部分は説明を省かないでいただきたかったです。
>信頼を裏切った人間の回復のためにイエスを遣わしたのは、罪のないアダムから罪なきイブ(配偶者としての教会)の姿に戻すためであった、という主張をパウロがエペソ書でしている、と主張しておられました。
この部分、
>世界の基の置かれる前から彼にあって選び(エペソ 1:4)
の「彼にあって」を「キリストを」に言い換えてましたが、どうなんでしょうか? 私たちを選んだのではなくてキリストを選んだのだ、と言っていたことです。
みことばに対して、説明なしに変更を加えた、と聞こえてしまいましたが。
2012年の東大阪での学び会について(3)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2012/1/21(土) 午前 11:52
学び会とはいえ一般的に、「学者・研究者」としての研究成果の発表の部分と、「教育者」としての教えの部分が混在していると感じますね。
「学者・研究者」が同業者に発表するときには参照情報を開示するのが慣わしですが、「教師」が生徒に教える場合はそこまでしないですね。
このセッションで良かったかなと思えるのは、諸集会の通説に対し検証・精査を試みるという姿勢がうかがえたことです。この部分は研究成果に分類されるので、語り手の結論に至るプロセスが「吟味」のために重要になると思います。
また、「御国はなぜ実現するのか」について「神の渇き」で説明されていましたが、彼の最近の切り口が「神の渇き」なので、むしろこの切り口で、「御国はなぜ実現するのか」を語ったということになるかと思います。
2012年の東大阪での学び会について(2)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2012/1/20(金) 午後 11:17
2012年の東大阪での学び会について(2)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2012/1/20(金) 午後 11:17
続きです。
ただ、もう30年近く前になりますが、宇野さんの理解では、伝道を一生懸命することで、そして、ユダヤ人信者が増加することで、神の国がより近くなる、という理解が述べられていたようにうっすらと記憶しています。実家の部屋を掃除したら、その時代のテープも出てくるでしょうが、これをいまさら変換するのもねぇ、という気がしています。
> 私が聴き取った唯一のことは、大患難が近づけば近づくほど携挙も近づく、
> キリストの再臨が近づけば近づくほどその7年前に自分たちは携挙される
> のだ、ということばでした。
これ、この講演でお話しされていましたっけ?聞き逃しているのかもしれません。もはや、聞く気にならなかった、というのか。テンション高く話せば、聞いてもらえる、聞いてもらっている感触がある、からなのかもしれませんが、整理せずに、きちんと説明せずにただ、言いたいことを大声で話しておられるような印象を受けました。
続きます。
2012年の東大阪での学び会について(2)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2012/1/20(金) 午後 11:14
Luce様 コメント、ありがとうございました。
> 次に教会が地上に来るのは新天新地だと思うので、それ以前の地上のこと、
> つまり大患難やイスラエルの回復の時のことにもはや地上にいない教会が
> どうコミットするのだろうかということです。
一部が残るのでは、という理解だったと思いますが、明白な説明はなかったように思います。この方のお話は、聞く気力を維持するのが精いっぱいだったです。教会が地上にかかわっていく意味というか意義については触れられなかったと思います。構造をお話になられず、預言解釈の断片だけをつなぎ合わせら得たものを、展開された(振り回された)、かなぁ、という印象がありました。
> 熱心になるモチベーションは何なんだろうかということです。
正直、触れられませんでしたし、わかりませんでした。
2012年の東大阪での学び会について(2)
ブラザレンと預言理解
[ Luce ]
2012/1/20(金) 午後 8:17
携挙と再臨という本題についてですが、携挙で教会が地上からいなくなった後のこととして大患難やイスラエルの回復のことを熱心に語ろうとしていたと思いますが、そのことで逆に疑問が生じました。
それは、次に教会が地上に来るのは新天新地だと思うので、それ以前の地上のこと、つまり大患難やイスラエルの回復の時のことにもはや地上にいない教会がどうコミットするのだろうかということです。
熱心になるモチベーションは何なんだろうかということです。
このことに関連する語り手のことばはあったでしょうか?
私が聴き取った唯一のことは、大患難が近づけば近づくほど携挙も近づく、キリストの再臨が近づけば近づくほどその7年前に自分たちは携挙されるのだ、ということばでした。
[ kaw*muk*ih ]
2012/1/19(木) 午後 9:56
2012年の東大阪での学び会について(2)
ブラザレンと預言理解
[ kaw*muk*ih ]
2012/1/19(木) 午前 7:50
3番目についての、私からの応答をいたしたいと思います。
これに関しては、私は、すくなくとも全国から信者が来て、聴き手の基本知識が前提とできない場合、丁寧な話をするべきだと思いますし、相手の知識を前提とする話をしないように心がけられたほうがよかったかなぁ、という印象を持ちました。もし、知っている話を繰り返すなら、話す必要はないわけですし。全く自説を批判的に考えていない、確信犯の話だなぁ、という印象を持っています。それって、関西というよりかは今はなくなったUさんがおられた大阪集会以来の由緒正しい伝統なのかもしれませんが、私は、関東系と関西系のハイブリッド(交雑種)からかもしれませんが、前提の上に前提を重ねて、アクロバットする、というのはやだなぁ、と思っています。
コメント、ありがとうございました。



