ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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ブラザレンと預言

ブラザレンは、再臨の時期について、非常に関心が高い教派のひとつです。

もともと、ダービーなんかも、基本的には、1850年代までには再臨があると思っていたようです。
この当時、革命が世界各国で頻発し、アメリカは南北戦争という内戦をしているし、産業革命でどんどん、都市に人は集まってくるし、社会構造が急速に変わりつつあるということもあって、1800年代の大英帝国関係諸国、Common Wealth諸国のクリスチャンにとって、預言に関する研究はきわめて重要な課題だったようです。これは国教会、その他の諸派、分離派、すべてにおいて一大関心事だったようです。

ご多分に漏れず、ブラザレンも関心が高く、最後には、ディスペンセーション説という特殊な歴史理解、預言解釈の体系を作り上げていくことになります。

グロービス(グローブス)とダービー

この二人とも、ブラザレンの成立に大きく影響を与えた人物で、どちらとも、自分たちが最初にこの運動を主導した、あるいは、この運動の主唱者だという考えをそれぞれが持ったいるようです。

確かにグロービスは、この運動、特に平信徒による聖餐式という概念の成立と、その実現、また、幅広い信者の結集、という概念の提唱をしたという意味では、この運動の主唱者といってよさそうですが、この概念を主張し、多くの人に影響を与えたあとすぐに、バクダッド伝道に行ってしまうため、実際のアイルランドで行われた聖餐式に参加して、そこの教会(ブラザレン用語では集会)に参加したということではなさそうです。また、それをはじめたダブリンの教会(集会)での信者の育成だとか実際の教会運営に関与をしなかったということがあります。

ダービーは、集会の成立期には、依然として国教会の司祭であり続けたものの、各地を旅し、この運動を広めたということ、この運動に関する聖書理解を体系化して文書化したという功績があります。ブラザレンの人々に非常に深く大きな影響を与えたという意味で、きわめて重要な働きをした人物です。

そういう意味で、概念自体と大まかな概念設計図はグロービスが作り、それを実際に現実化したのが、ダービーだといえるでしょう。その意味で、グロービスは設計担当の建築士、それを建物というような形にして現実社会に提示したのが、ダービーだといえるでしょう。

しかし、この二人は、キリスト者が純粋に神を求めていくこと、キリスト者の一致の原則であることは変わりませんが、その実現の仕方が異なる点で、そもそも二つの教会のあり方についての考え方がブラザレンの初期の段階で並存したといえるようです。グロービスは、他の教派及び国教会についても比較的寛容なあり方を採っており、個人としてキリストを愛するということだけが重要であるとするのに対し、ダービーはブラザレンの言う考え方にすべての点で、完全に同意し、他の教派との関係がないという意味で、純粋性が確保できないと、それは一致しているといえないという、考え方に導かれていきます。

他の教会との間合いの取り方、これがこの二者で異なり、それぞれの後継者ごとに違ったことが、この運動を複雑にし、さらに外部からの理解をより困難にしたようです。

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