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ブラザレンの出発点となった人物には、大きくグローブス説とダービー説がありますが、その最初の出発が誰かの問題は別として、聖書を一生懸命読んでいこうとする立場がブラザレン運動に内包されていることから、聖書に忠実であろうとしましたし、聖書を忠実に伝えていこうとしていた使徒時代のクリスチャンのあり方をその理想(その理想のあり方がグローブスとダービーで随分違うのですが)としましたので、福音を伝えることについてはきわめて熱心です。
とりわけ、国教会や分離派の教会、あるいは諸派の教会で神学校を出た当時の牧会者が、神学概念を振り回し、一般の人々の心を打たない説教をしていたことが少なくない時代にあって、普通の人が普通の人に普通の人が分かることばで聖書から福音を語ったことで、当時の教会と無縁だった多くの人々の心を打ち、共感を得ることが少なくなかったようです。
F. Roy Coad(2001) A History of the Brethren Movement
Its Origins, Its Worldwide Development and Its Significance for the Present Day
には、アルコール中毒から立ち直って、そのことをもとに宣教をしていた事例が出てきますし、また、
Neil Dickson(2003) Brethren in Scotland 1838-2000
には、この運動で、特に炭鉱の町で炭鉱夫をしながら、あるいは漁村で漁師をしながら、福音を積極的に伝えた人たちの姿が描かれています。
普通の人が福音を語る理由として、初代教会時代の使徒たちが、もともと、漁師や職人、取税人など、普通の市井の人々であったし、これらの人が福音を雄弁に語ったことを理想としていることから、普通の人が普通に人に話すことが理想だったわけです。また、専門家として神学部または神学校での教育を受けていない人たちが福音を語ることで、普通の人が普通の人として分かることを話し、当時説教壇を独占し、ともすれば分かりにくい説教をしていた司祭、牧師に対するアンチテーゼとしての側面もあったように思います。
結果として、普通の信者が福音を語り、それが身近な出来事を素材に話したので、とっても分かりやすかったため、ブラザレンの中で、福音を伝える方法として、非常に有効であったようです。
また、ブラザレン運動は、普通の人たちがお話を担いましたから、ややこしい神学談義はしたくてもできませんでしたし、単純に福音がすごい、と思って聖書から率直に福音だけをお話したわけですからそもそも福音主義を宿命付けられていたといえましょう。
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