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ブラザレンの背景を持った、あるいはブラザレンに関係した神学者(というよりは聖書の研究者)は少なくありません。人数的には、国教会や諸派に比べて少ないですが、非常に優れた人物が出ています。
F.F.ブルース
1960−1980年代までの新約学のビッグスターのお一人です。私は、この人の使徒行伝、ヘブル人への手紙の注解書を呼んで、感動すら覚えました。ブラザレン後出身の方ですが、ブラザレンらしくなく、理性と学問の香りがするのが大変によいと思います。
このかたは、大学で教えておられたということもあり、IVFだったかな、イギリス国内の大学でのクリスチャングループの組織化に重要な役割を果たします。学級肌で、おとなしい方だったようです。学問と自らの信仰のスタイルは、きちんと分けておられた方のようです。
D. ワイズマン
これもほぼ同時期、1960-1980年代の旧約学のビックスターのお一人で、特に考古学的な視点と旧約の文書との関連を考えていった非常に優れた方です。日本語訳は筑波大学の池田裕教授のグループが翻訳したものが出ています。
お二人とも、その業界では、知らなければもぐり、に近い人物ですが、集会では、ブラザレンからは異端視というのか、冷遇されました。まずもって、超教派的な動きに熱心であること、聖書を文字通り読むべきなのに解釈をしている(これもへんな理解ですが)、神学者として働いている、といった点で、ブラザレンの皆さんからは、無視に近い扱い、あるいは冷淡な批判を浴びます。
他にも、何人かおられますが、個人的に好きなのは、この二人です。日本語に翻訳された著作もあるし。
日本でも、一番有名なところでは、集会の人からすれば、
C.H.マッキントシュとか言う答えが返ってきそうですが、マッキントシュは集会では有名であっても、一般的には、どうかな、という人です。
Ironsideもブラザレンの人で、ご両親もブラザレンの関係者の方ですが、どちらかっていうとブラザレンの中だけで、有名でそれ以外では、福音伝道者としての認識の強い人です。
Watchman Neeは、ダービーやその後継者の著作に非常に影響を受けた人です。直接、ブラザレンのメンバーとの人的交流の結果、彼の神学や彼の奉仕へ導かれていったのではなく、彼が、福音宣教の方法論を必死になって模索する中で、ダービーとその後継者、あるいはブラザレンに関連する人々の著作に出会い、影響を受け、独自のその神学を発展させていった方のようです。
実は、このウォッチマン・ニーのグループが、連結型(閉鎖型)ブラザレンに1930年代後半に連絡を取ったようですが、最近のブラザレン関係の本によると、結局、イギリスのブラザレンと違うよね、ということで、あまり正当に評価してもらえなかったようです。
ウォッチマン・ニーの関係の教会(地方召会)というのかな、はブラザレン運動にものすごいご関心をおもちのようです。地方召会は、ブラザレンの一員だという思いがおありになるようなのですが、当のブラザレン運動のほうでは、そういう意識はあまりないようです。連結型(閉鎖型)ブラザレンは、自分たちが、その成立に関与していないという意味で、幅広い意味での遠い親戚みたいな認識があればよいほうですし、どちらか、というと無関係、という立場をおとりのようです。独立型(開放型)ブラザレンは、他のブラザレンの教会の関係も疎遠なところがありますから、関係はありそうだが、その関係がどんなもんだか分からない、という感じを持っているように思います。この両者の関係をご存知の方って、日本のブラザレンの信者の中には、あんまりいらっしゃらないと思います。
なんせ、ブラザレンは、自分たちの歴史研究に、これまで、あまり熱心ではなかったですから。
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