|
このブログでも、ブラザレン運動の中に、原理主義的な要素が入っていることは、ご説明しましたが、
blogs.yahoo.co.jp/kawamukaih/2190559.html
原理主義という言葉が、非常に多様な意味で用いられていることを考えると、十分注意は必要ですが、現在のキリスト教原理主義あるいは福音主義のあり方に大きな影響を与えたことは確かです。
もともとの原理主義(キリスト教原理主義)には、蔑称としての意味づけは少なかったのですが、時代の変化、時代の経緯とともに、蔑称としてのイメージが強くなり、頑固あるいは頑迷で、他者を排除し、独善的な人々というイメージがついてしまっていますが、もともとは、聖書に従うことをその行動原理とする点が重要であると主張したという意味で、聖書的なあり方を重視しようとしたという点で他者と区別する、とりわけ、近代社会の中で主要な考えとなりつつあった近代神学の流れ、あるいは自由主義神学、あるいは聖書解釈学とは異なるあり方をとる、という意味で聖書のあり方を原則、基礎とするという意味で自らの考え方をまとめていったところにあります。ルターやカルビンのように、聖書の原則に立ち戻り、聖書に忠実に福音主義的な立場に立とうとしたという意味では、この部分はブラザレンの美点のひとつに挙げてもよいと思います。
その意味で、ブラザレンと原理主義は切り離せない関係にあるといってよいでしょう。Ironsideが言うように。とはいえ、ブラザレン全体としては、政治に関しては無関心、あるいは世的なこと(すなわち、悪なること)として否定的な考えにあるかたがたが多く、アメリカの福音主義のクリスチャングループの一部のように、自らの信仰と政治活動を積極的に捉えようとする動きは、日本においては少数派です。
とはいえ、一部には、積極的に関与しようとしたグループも日本や太平洋地域にないわけではありません。BBCのサイトでPlymouth Brethrenで検索すると、何か出てくるかもしれません。
ブラザレンをどう定義するか、ですが、個人的には、福音派のプロテスタントと定義するのが一番分かりやすい表現かな、と思います。ブラザレンは、自らはほとんど、プロテスタントだとは言わないでしょうけれども。私は変わり者なので、そう説明するほうが、ほかの方々に分かりやすいということで、そう説明しています。
しかし、キリスト教原理主義の立場に立つ人々をキリスト教原理主義者と呼ぶとしたら、ルターもカルヴァンもキリスト教原理主義者になると思います。
このことを考えるのには、
小原克博・中田 考・手島勲矢著 原理主義から世界の動きが見える
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4569655777/ref=sib_rdr_dp/250-6730170-2101849
が非常に参考になると思います。英文でよければ、あとは、J.I. Packerの
Fundamentalism and the Word of God
http://www.amazon.co.jp/gp/product/0802811477/ref=sib_rdr_dp/250-6730170-2101849
が参考になります。
|