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近代の公共学校の起源として、日曜学校があります。
もともと、宗教教育として、日曜学校、あるいは子供の宗教教育として日曜学校が始まったという側面があります。日本ではあまり知られていないようです。
日曜学校は、ブラザレンの発明ということではなく、多分、メソジストの児童の宗教的指導のメソッドだったと思います。しかし、ブラザレンでも、日曜学校はいくつかの意味を持っています。これはおいおい語っていこうと思います。
日曜学校は、啓蒙時代の児童向けの宗教伝道活動として始まったと見ることができます。しかし、ブラザレンやプロテスタント各派では、聖書を読むことは非常に重視されるわけですが、当時、それほど文字が読めた人がいるわけではありません。聖書は出版されるようになりましたが、聖書を読める能力を持った人は、ブルジョア、あるいはプチブルジョアに限られたわけです。
となると、一般の人々が聖書を読み、一般の人々が自らその宗教的立場を考えるためには、何らかの教育、文字を読めるための教育が必要でした。また、賛美歌を歌うためにも、賛美歌を歌う必要が出てきました。
それまでもパブリックスクールという、エリート養成学校はありましたが、こちらはどちらかというと、貴族の子弟、あるいはブルジョア、プチブルジョアの子弟養成学校であり、一般の子供に広く文字を読めるための努力を始めたというのは、一般人も聖書を読めるようにするため、一般人に読ませるためという必要があったプロテスタントの宗派の要請であったともいえるわけです。その意味で、現在の小中学校の起源は、啓蒙時代のプロテスタントの日曜学校であるといえるでしょう。
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