ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

ブラザレンの人々が、非常に活躍した時期、またその信仰が非常に影響力を持った時期というのは、1850年代から1960年代までの時代だといっていいと思いますが、このうち1930年代までは、大英帝国の時代Pax Britanicaイギリスによる平和を謳歌した時代です。

イギリスは、そのBest and Brightestを海外の開発にどんどん排出していきます。ロイド保険会社というか保険組合は世界の保険市場を握り、ポンドが世界の実質的な基軸通貨(今はドルがその立場を担っていますが)であり、ロンドンは、世界の金融市場の中心であり、グリニッジが世界標準時の基準点となり、世界の科学技術の中心は、イギリスであり、オックスフォード及びケンブリッジは世界のアカデミックな活動の中心点だった時代です。

英国の海軍力と経済力を背景として、世界で英国人が活躍した時代です。日本でも、お雇い外国人がドイツからも呼ばれましたが、英国からも結構たくさん呼ばれています。

夏目漱石は、英国に官費留学(なんという懐かしい表現)していたり、英国から一発屋とも言うべき外国人なんかが日本や海外諸国にたくさん出て行っていたことは確かです。

そんな時代に、乗る形で、ブラザレンは英領を中心に海外宣教をしていきます。

石濱さんは、もともと、淡路のご出身だったこと、神戸でこれまで暮らしてこられたということ、さまざまなことがあったのでしょう。このあたりの細かいお考えについて、語られたことは少なかったですが、神戸に戻ってこられました。小倉で仕事が順調に進み始めたというもののの、あくまで雇われ勤務医だということなどもあり、結局、神戸で歯科医院を開業することになります。

戦後の物資不足の中、住宅難の中、とりあえず見つかった住宅兼医院で開業を始めるものの、お客が来ない時期が続いたようです。ぽろぽろとお客さんは来るのですが、なかなか来ない、暇な開業医を続けられたようです。祈りながら、神様の思いがどのようなものであるのかを求められたようです。

また、神戸でも家庭集会からはじめられたようです。

で、出入りしている業者で、神戸でも屈指の歯科材料業者の方に相談したところ、周囲に歯医者が多すぎて、来ないんじゃないかということを指摘され、地図で確認してみると、歯医者が乱立している地域に開業しているということに気づき、場所を探して、灘区へ移転することを決められます。(この周囲に囲まれたところで営業されておられた、との記憶は、私の記憶違いで、戦前のご経験だそうです。ご遺族の方から情報提供がありました。情報提供ありがとうございました。)

とりあえず、神戸に帰ることを優先した結果、周囲の状況をチェックすることなく、場所を探して移転していくあたりが石濱さんらしいといえば石濱さんらしいのですが、思い込んだら、それをしてしまう、直情型の純粋な方だったからこそ、神様への思いも直情型で、その分、神の愛を深く知る、そして神との対話を深くしていかれた方だったと思い出します。

全1ページ

[1]


.
kaw*muk*ih
kaw*muk*ih
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事