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第2次世界大戦、直後、山口の奥様の実家の近くで開業医の歯科技工士として働いておられました。
神戸(灘区)に、戦前持っておられたご自宅は、空襲で焼け落ちており、住むにも苦労されたようです。当時は日本国中、住宅難だったようですが。
また、石濱義則さんのお母様もお引取りになられたこともあり、あるお宅の間借りをする形で、押入れに住むような生活をしておられたようです。戦争後の住宅難のころですから、こういうことは当たり前のように行われていたようです。
戦争中の思想犯としての逮捕により、歯科医師免許も取り上げられ、技工士として働くしかない非常に厳しい毎日を送っておられたようです。しかし、戦後の思想犯に対する名誉回復の措置により、医師免許の再交付が可能になったこともあり、歯科医師の免許を関係する都道府県の医事関連部局に請求することになり、再交付を受けることになります。
それと相前後して、歯科医募集の新聞広告を見て、九州小倉の歯科医師のもとで、勤務医として働くことになります。そして、家族そろって、この小倉に引越しなさり、そこで、生活をされることになります。
この小倉の、歯科医院に採用されたきっかけが、まぁ、石濱さんらしい、といえば、石濱さんらしいきっかけで、名誉回復されているにもかかわらず、治安維持法違反などでの不当逮捕の結果を馬鹿正直に記載したから、というものだったようです。
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