|
今週の月曜日2008年6月9日のお昼過ぎに、私の集っている教会(集会)のご高齢の信者の方が静かに神の国に帰っていかれた。ご家族の希望で、親族と限られた集会の参加者(3人)だけの静かで、簡潔な召天記念式だったです。
この方とは、私が小学生時代(30年以上前)に始めて神戸の教会(神戸集会)で始めてお会いし、その後、諸般の事情のために、神戸の集会を離れられ、お一人で毎日お近くの山に登って礼拝をしておられました。その後、私が関東に移ったこともあり、ご縁が切れていたのですが、こちらに戻って、家庭集会を始めていましたので、そちらにお誘いしたのが、88歳ごろでした。しばらく家庭集会にこられていたのですが、集会での礼拝に参加されませんか、とお誘いしたところ、その後、集会にこられ一緒に礼拝することとなりました。97歳で骨折され移動がご不自由になるまで、バスと鉄道を使って、お一人で集会に来ておられました。
骨折された後、移動が一層困難になったため、生活を円滑に進めるため、老人健康施設に入っておられたので、集会に参加することはできなくなりましたが、100歳のお誕生日のときには、出張礼拝を集会の多くのメンバーと一緒にすることとなりました。
この方は、祈り方が非常に特徴的で、聖句をそのまま暗記されてお祈りになり、神から救いを神に感謝するというスタイルをお持ちの方でした。
老人健康施設に入られてからは、何度かお見舞いにお伺いしたのですが、いつもにこやかに来訪を喜んでくださったことを思い出します。熱心なクリスチャンの方だったことだけが記憶に残っています。信仰の継承って、大事だというこをと思わされた一日でした。
|