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献金の問題は微妙な問題を含むのですが、一応、私の観察した範囲からえられた献金に関する基本的な理解を書いておこう、と思います。意味があるかどうかはよく分からないのですが、一応、調べた範囲や知っている範囲のことと、基本的な理解に関して位は書いておこうかなぁ、と思います。
ブラザレンの信者が集っている場所は「キリスト集会」とよばれるものであって、「教えを述べるところ」という意味での「教会」ではない、と理解されていることが多いです。また、キリスト者の一致を求めた結果の信者が集まっただけであるという理解から、「組織」ではないとされます。しかし、外形的には、複数の構成メンバーから一つの信徒集団が構築される以上、社会通念上は、任意団体という組織になると思うのですが、一応、組織ではないとされています。まぁ、組織構成の目的が明確ではないという意味では、組織ではないとも言えるのですが。
とはいえ、近代的な経済社会の中で、人が集って何らかの活動するためには資源としての「お金、金銭、資金」といったものが必要です。それをカバーするために、「献金」というものは避けて通れないものとなっているわけです。
ブラザレン運動自体、平信徒によるキリスト教会の改革運動という側面がありますから、牧会者(牧師に当たる存在)への生活必要経費の負担がないところが多いです。ただ、専心伝道者(一部牧師的な働きをする場合もある)を支えているキリスト集会では、献金の一部を専心伝道者の生活支援のためにまわす場合もあるようです。あるいは、専心伝道者のために別枠の献金箱が置かれるところもあるようです。これは、いろいろです。その教会(キリスト集会)ごとの歴史やこれまでの考え方などが反映されて、その教会(キリスト集会)ごとにもっとも適切だと思われる方法が取られています。
従って、キリスト集会(教会)の献金の使途としては、日常活動の必要のために使われる、ということが多い、といってよいだろうと思います。
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