ブラザレンについての諸断章

このブログは、プリマスブラザレンに関する個人研究の成果なんかを書いています。所属集会(教会)の公式見解ではありません。

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 ブラザレン運動の革新性は、神学教育を受けていない普通の人が聖書

について語るところにありました。福音を語る上では、確かに神学的な

知識のバックグラウンドがあまりなくてもそう問題はないのですが、よ

り深い聖書の学びをする上では、それまでの時代に発生した聖書の誤解

への対応の中で構築されてきた神学的バックグラウンドが有益であろう

とおもいます。

 ところで、ブラザレンは、産業革命の中で、神を知らずに失われ行く

人々への対応として、福音を語るということを最優先課題としたために、

聖書の学びをするということに重点が置かれたものの、福音の緊急性に

比べて信者の霊的な成長の推進は2次的な重要度とされてきたような気

がします。

 その結果、ある面、聖書に書かれた文言に文字通り厳密に忠実であろ

うとし、パウロやペテロが活躍した時代のキリスト集会のあり方を理想

とし、そのあり方を追求することを目指した結果、パウロやペテロが活

躍した時代の直後に起きた聖書理解の混乱も自らに引き受けることにな

ってしまったように思います。その後、聖書理解の混乱について、その

対応の結果、神学と呼ばれる体系が構築されていきましたが、ブラザレ

ンが生まれた当時主流であった啓蒙時代の理神論的な聖書理解や、自由

主義神学、文献批判的な立場の聖書研究の問題点、あるいはスコラ神学

のような極端な議論の存在のため、神学自体にアレルギー反応を示し、

本来の神学が目指そうとしたもの(聖書の正統な理解の追求)をみず、神

学そのものを無視してしまったところに、問題があるように思います。

 ブラザレン運動が生まれた当時は、そのようなあり方はアンチテーゼ

として革新的であったものの、その後150年を経て、神学自体が多様化し、

そのありようがさまざまに変化しているにもかかわらず、当時の革新的

な思考に固執し、場合によってはそのまま固定化(化石化)してしまった

ために、周辺環境の変化に気付かず、自分たち自身のあり方が化石化し

てしまっている可能性に気付かなくなっていることがあるのかもしれま

せん(すべてのブラザレンがそうだというわけではないと思っております

が、一部には、そう考えた方がよいかなぁ、という印象をもたれてもい

たしかないご発言をされる方々もおられるように思います)。

 時代に合わせてキリスト教会のあり方を変化させようとした運動であ

っても、その運動の出発点でのあり方を維持することを重視するあまり、

時代の変化に合わなくなり、時代から取り残されてしまっているとした

ら、悲劇というのか、喜劇に見えるのではないか、と思わなくもありま

せん。

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