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ブラザレンが目指した革新性は、組織のパワーによらない海外宣教と
国内宣教です。この運動に大きな影響を与え、他の信徒に大きな影響を
与えた人物の一人に、アンソニー・ノリス・グローブスという歯医者さ
んがおります。彼は、自分で資金を用意して、いまのイラン(イスラム
圏!!英国統治下といえ、無謀のような気が・・・。それだけ熱心だっ
たようです)に伝道して行きます。このグローブスの考え方は、のちに
孤児院を運営するジョージ・ミューラー(オープン・ブレズレンの出発
時に影響を与えた人物)に影響を与えました。
ジョージ・ミューラーは必要ならば神が与えられるという確信に基づ
きほとんど資金を持たずに産業革命が信仰した社会の中で捨てられてい
た孤児たちのための孤児院運営をし、多くの孤児たちを救っていきます。
このジョージ・ミューラーの行動は、さらに飛び火し、いまのOMF
(オーバーシーズ・ミッション・フェローシップ)の前身であるチャイ
ナ・インランド・ミッションの最初となったハドソン・テーラーに影響
を与えます。そういえば、同志社大学の知り合いに聞くと、ジョージ・
ミューラーを同志社は招いたそうで、ジョージ・ミューラーは同志社大
学で、講演した記録があるそうです。
このハドソン・テーラーの運動は、TEAM(ゼ・エバンジェリカル・ア
ライアンス・ミッション)という米国系の宣教団体やリーベンゼラミッ
ションというドイツ系の宣教団体に影響を与え、TEAMの活動としては、
いのちのことば社が設立されたり、太平洋放送協会PBAが立ち上ったり、
キャンプ場の運営もあるようです。
「信仰だけに立ち、信仰によって進む、必要なものはすべて神が与え
られる」という信仰、というのは非常に革新的で、すばらしいものだっ
た、とは思いますが、これも程度問題だと思います。場合によっては、
革新性を通り越して、狂信になりかねないものを持ちかねない、という
ことを思っています。
とくに、独断的なリーダーの下、この概念が振り回された場合、カル
ト化の要因となりやすい、と思います。特に、開拓伝道で、家族以外の
信者がいないところに、伝道していく場合、その指導者の責任が重たく
なること、また、多くの信者がその指導者に依存しやすい日本の精神性
があいまって、どうしても、責任者の信者の影響力がどうしても強くな
りがちのように思います。責任者の信者の影響力がつよくなった結果、
責任者の信仰に偏りが生じた場合、信者の信仰に偏りが生じるケースも
あるように思います。最悪の場合、信者の思考停止がおき、この場合、
責任者への責任と権威の一極集中構造というカルトが持つ構造と同様の
構造を持ちやすいと思います。
革新的であるが故の過激な方向への走りやすさをどう防いでいくのか、
ということは重要な考え方かもしれません。
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早いもので、このブログを始めてから、約1年半。あまり着目されることも
ないだろうと思っていたら、この1年半の間に延べ8880ビューいただきました。
ありがとうございます。ヤフーアドレスをお持ちの方だけで、この数ですから、
実際には、この数倍のビュー数があるのかなぁ、と思っております。
このブログは、ぼちぼちと気長に書いていきたいと思います。コメントを拝
見・頂戴しながら、抜けている部分について、書いている部分もございますの
で、コメントを頂戴できたら、それにあわせて(すぐにとは参りませんが)考え
て行きたいと存じております。
どうも、お目汚しに耐えてくださった皆さん、ありがとうございます。来年
ものんびりとマイペースで、個人目線で書いていくつもりでございます。
ナザレのイエスという人物を日本という文化の中で伝えようとしたブラザレ
ン運動の中にいるものとして、そのよい点と課題となる点を冷静に見つめなが
ら。
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