|
ブラザレンの定義、って実は非常に難しかったりします。
というのは、
■自分たちがまずもってブラザレンだと思っていない。あるいは、そう呼ばれていることを知らないことが多い。
■ブラザレンと呼ばれることすら拒否している。(自分たちは教団を作っていない、と思っている。グループではない、と思っている。兄弟たちと言い合うような変な人たちというニュアンスがあるなどなどの理由)
■各地の教会の独立性が高く、アイデンティティがない。
■自分たちは聖書のあり方に忠実であると思っている。(大体はそうですが・・・)
■全国をまとめる組織がなく、基本、教会間や信者個人間ベースのゆるいつながりだったりする。
■教会籍という概念がない。
という意味で、自分がブラザレン関連の人物(たとえば、ジョン・ネルソン・ダービーとか、ジョージ・ミューラーとかいった有名な人物)の考えに共鳴した、そして、もともといたクリスチャンのグループから独立してしまえば、自分はブラザレン系のグループだ、と主張することが出来ます。誰かが、あるいは何処かの組織が、ある教会がブラザレンであると、認定するわけでもないので、他者からブラザレンとレッテルを貼られるか、自らそう名乗るかすることで、ブラザレンと呼ばれている、あるいは呼んでいることが多いので、余計にワケが分からなくなるのです。まぁ、この辺の境界線のぼわっとしたところがブラザレンなのかもしれません。そういう意味で言うと、本来、超教派的というのか、かなりゆるい構造となっているといってよいとおもいます。
ウォッチマン・ニーのグループの教会(集会・召会)は、ジョン・ネルソン・ダービーの神学に強く影響を受けたので、ブラザレンに分類されることが多いようですが、イギリスのダービー直系のグループは、冷淡な対応をとったように、ブラザレンって、実は一枚岩ではなく、実質的に多様です。
日本でのプリマス・ブラザレンというよりは、日本型の諸集会と呼ばれるオープン・ブラザレンでもなく、明確にエクスクルーシブ・ブラザレンでもないキリスト集会とよんでいるグループの特徴は、外見で分かる部分としては
■聖餐式を毎日曜日しているところが多い
■聖餐式に明確なプログラムがない
■誰が献金したのか分からないように献金箱などから集められる
■婦人信者が被り物(レース)を礼拝中はかぶっている(ところによっては、伝道のための時間でも)
■牧師制度を否定する(講壇が一般の男性信徒に開放されていることが多い)
■礼拝時の楽器の不使用、限定的使用
■キリスト集会、あるいは集会という用語を多用する
■十字架が明白に表示されていないことが多い(最近は表示されているところもある)
教理の面では
■聖書中心主義
■再臨に関する関心が高い
■福音宣教の重要性
■聖霊の導きの重視
■祈りの重視
■逐語霊感説と文字通りの解釈
なんかでしょうか。細かいことを言えば、きりがないですが、実際にはかなりバリエーションがあるので、これがブラザレンだ、というようなことはいえないのが実態でしょうね。何せ、共通の明白な信仰基準がない、あるいはそんなものは作るのはどうか、と思っているのがブラザレンなので。自己申告で、いくらでもブラザレン、と言うことが出来るんですね。ただ、一応、ブラザレンでは、近隣の教会と仲良くしていたり、それぞれの教会の信徒(おもに代表者である男性信徒)同士を招きあったりするところで、つながっている、と相互に認識していることでゆるく相互認証している範囲がブラザレンである、あるいは、諸集会の関係であると認識されることが多いです。あくまで、ブラザレンかどうかは、相互認証の世界でしかないので。
そういえば、CoadのA History of the Brethren Movementには、日本のブラザレンの記述は1行で、伝道出版社と思しき出版社の記述と、東京帝国大学(東大)に勤めていたお雇外国人の英語教師がいた、という記述だけしかなかったです。エクスクルーシブブラザレン系の同信会さんの情報もなかったですし。朝鮮伝道など、同信会さんはその働きが大きいのですが。それだけ、伝道者が世界各地に出て行ったということなのだろうと思います。
|