|
ブラザレンの信者の職業選択のお話で、日曜日の教会参加、日曜日が重要であるということのために、職場を変わった信者さんたちが少なからずいらっしゃるというお話をしてきましたが、それらの方の信仰はの立場は重要だし賞賛に値すると思います。(水谷さんの小さな命を守る会ブログでのツチノコ男
http://blog.chiisana.org/?day=20080306参照
なお、この記事はブラザレン関係の信者の方がご投稿したネタがもとネタのようです。)
ただ、現代社会において個人的には、どうなんだろうと時に思わなくはないです。聖書の倫理に反しない警察官や鉄道関係者、バス関係者には、お世話にならざるを得ないにもかかわらず、これらの方を自然と排除してしまうということは、どうなんでしょう。信仰を持ったら、日曜日が駄目だからこれまで培ってきた仕事を捨ててください、というのもねぇ。もし、それが神様からのその人への何かのご計画が隠れているとしたら、と考えるとどうしたものかと思います。日曜日とはいえ、これらの仕事は重要なはず。
私は、日曜日は大事にしていますし、大事だと思っています。また、職業選択する際に日曜日出勤が基本的にない職場を選んだことも確かです。でも、なんで、こんなことを思ったかというと、アメリカでの出張中に、日曜日以外にも礼拝をしている教会にいくつか行く機会があったからです。もちろん、日曜日には、出席できないけれども、日曜日は守れないけれども社会に役立ち社会を支える仕事をしている人たちへの配慮を忘れない、その姿勢に個人的には、心打たれるところがありました。まぁ、アメリカ社会なので、クリスチャン人口がそこそこ多いというのもあるのでしょう。
日曜日以外で開催していた教会の牧師も、日曜日ではなく礼拝する姿勢を大事にしたいという趣旨を公言していましたし。まぁ、土曜日2回、日曜日6回礼拝しているメガチャーチも出席しましたが、そこまで行かなくても、もし、本当に寝坊とか単なる個人的な理由で礼拝を守れない人たちのためではなく、社会に十分役に立つ仕事をしている人たちに、仕事を変えなさいというのではなく、日曜日の決まった時間にこれない人たちのための家庭礼拝の勧めか、毎週出なくても、土曜日の礼拝の可能性を考えるなどの方法論でもあればいいのになぁ、と個人的には思っています。
|