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1980年代以降、大学入学の定員枠が広がり、短大、女子大の4年制共学大学への変更が私立大学を中心として行われる中、大学というものであれば、その難易度と内容と学費の問題さえ問わなければ、大学という名前のついた組織に入学しやすくなったことは確かです。
私立大学では、経営難に陥る一部の大学や、定員割れの問題や定員水増しの問題を抱える大学を抱えるなど、産業組織論的なものの見方をすれば、大学が直面していた環境がここ数年大きく変わっています。その状況に一部の大学が対応した結果、専門学校、専修学校を経て、大学に編入ができるなど、大学入学の道も非常に多様化して来ました。
それと同時に、大学に行くことがそれほど特殊なことでなくなると同時に、ある意味で、日本社会も高等教育機関が増え、高等教育機関で教育を受けることが当たり前になり、大学という高等教育機関でまともな教育を受けているかどうかは別として、大学卒というタイトル(一種の資格)を得ている人が大幅に増えたわけです。
しかし、ブラザレンは、1970年代まで、大学教育にかなり否定的でした。もちろん、その当時は高度経済成長期とはいえ、まだまだ社会全体が貧しかったこと、社会全体が高等教育を受けていないことが当たり前という時代でしたから、ある面当たり前だったわけです。
これに加えて、スコットランドの炭鉱社会とブラザレンのところで触れたように、ブラザレンの個々の教会の中で発言権の強いのは、信仰経験の長い年長の信者(長老とか、代表者、伝道者という役職にあることが多い)で、昔のことですから徒弟制度の中で育てられ、高等教育を受けていない信者の割合も昔は相対的に高いこともあったので、高等教育の必要性を理解されない方も少なからずおられたようです。このあたりのことは、Nathan Delynn Smithというアメリカのブラザレンの伝道者の書いたRoots, Renewal and the Brethren, , Hope Pub Houseにインタビューつきででています。これからぼちぼち、このあたりのことをご紹介してみたいと思います。
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