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ここのところ、ディスペンセーション説についての重たい解説記事と個人的な考えのまとめが続いたので、ここらで、気分転換。ちょっと気楽なお話にしようかなぁ、と思っています。とはいえ、自分の考える、こういう集会は良いなぁ、と現在思っている集会のあり方について、個人の体験談に基づくお話をしていきます。
でも、ショアライン・コミュニティ・チャーチを絶対化は必ずしもしてませんから。ブラザレンのキリスト集会と同じくらい良い可能性を持った教会だったと思っています。
ある日、ショアライン・コミュニティ・チャーチに通い始めて3週間くらい経ったころでしょうか。前に座っていた3歳くらいの子供が、退屈のあまりぐずって泣き出したので、聖書の間に挟まっていた紙の切れ端で、折り紙の鶴を作ってやったら、にこっとなって、うれしそうにそれからしばらくは静かにしていました。そして、また、退屈しはじめたので、今度はえさ箱になりそうなサイズの箱を作ってやったら、しばらく喜んで、そうこうしているうちにお話が終わり、礼拝がおわりました。そしたら、ある女性が、満面の笑み、って感じの笑顔でにこやかに笑いながら近づいてきて、"I really want to thank you!"(わたしはあなたに感謝したい)、って言って、『あなたのクリスチャンとしての子供たちへの心からの思いやりと深い愛情に感謝し、あなたのクリスチャンとしての愛に基づく行為に感動しました。』という内容が書かれた、きれいなカードをもらいました。ただ、私は、自分自身が教会でのお話を聞きながら考え事をするときの悪い癖の一つでもある、折り紙を折った結果、できた作品を単に渡していただけ、なんですけど。カードをもらって、へぇ、という感じを受けました。
でも、こういった、信徒への配慮、いいなぁ、と思いました。キリスト集会では、集会のためになること、求道者のためになることは、して当たり前。それで、誰かから感謝されることもない。それはそれで一つの見識、一種の美学でしょう。評価されないこと、個人に栄光を帰さないことは、当たり前の行為かもしれません。
でも、何気ないことでも、何かした事で、他の信者から、口に出して、感謝されることや、お話についてのコメントをもらえることはうれしい。そういった当たり前のことが行われる教会って、良いなぁ、と思います。個人的には、そうするようにしています。それはこの時以来です。
実は、このカードをくれたのは、ハンナ・ドミンゲスというパスター・ルイの奥さんだったんですねぇ。最初はよく分からなかったんだけれども。彼女は、スカンジナビアンアメリカンだったです。確か、スウェーデン系だったと思います。牧師婦人からだとは分からなかったので、それもよかったことかなぁ、と思います。このハンナさん、牧師夫人という感じが本当にしなかった人でした。そういう意味でも良いなぁ、と思いました。
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