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この教会が、非常に面白かったのは、本当にマルチカルチュラルな教会だったことです。結構、広いキャンパスを持っていたので、教会の建物が4つ(Sanctuaryメインの礼拝堂、Education Building教育棟、Grace Hall/Office小さい礼拝堂と Sub Education Building小規模な会議室状の部屋が2つくらいあるもの)ありました。
Education Buildingでは、大人向きの日曜学校やバプテスマの準備クラスなんかが開かれ、Sub Education Buildingでは、4つくらいのクラスに分かれた日曜学校なんかが開かれていました。
日曜日には、教会活動でつかっていないGrace Hallでは、スラビック・バプティストチャーチが活動していましたし、SubEducation Buildingでは、もう一つの福音系の教会が活動していました。1つのキャンパスで、3つの教会が、同時に礼拝している、という日本ではちょっと考えにくい教会のあり方でした。この辺のクリスチャンドムというのか、カトリシズムは、日本にないよなぁ、と毎週行きながら思っていました。
スラビック・バプティストチャーチは、参加したことがないので詳しい話は分からないのですが、多分、ロシア系の人たちが集まる教会のようでした。一度だけですが、このスラビック・バプティストの教会と合同で聖餐式をしたことがあります。スラビック・バプティストは、公式言語がロシア語(多分、東欧系言語に弱いものでよく分からなかった)だったらしく、同時通訳つきの合同礼拝になりました。
礼拝のメインのお話をしたのは、現在のショアライン・コミュニティ・チャーチのシニアパスター(当時は、ルイ・ドミンゲスさんとの共同パスター)のドン・シェーファーさんだったです。
私たちのお隣に座られたお年寄りの女性は、完璧にロシア・東欧系の服装をされた方で、あまり英語がお分かりになられない方でした。スバシーバ (ロシア語で、こんにちわ、かな)をいうと、にこやかに笑って、その後ロシア語(多分)で話し始められました。
Sorry, I do not speak your language.といっていたら、丁度私の後ろにいた、通訳の方が、何か行ったら、にこっと笑って、手を差し出してくださって、握手をしてくださいました。私達がわからないことが分かったようです。
いずれにしても、言葉の壁、文化の壁、教会の壁を越えて、礼拝したことは、非常に面白い経験でした。日本では、同じ民族であっても教会の壁を越えることは非常に困難(ブラザレンだけかもしれませんが)ですが、それをやすやすと超えて見せてくれたショアライン・コミュニティ・チャーチって、本当に面白い教会でした。
結構、文化や社会階層、社会の中での文化が進んでいるためか、この種の教会のシェアリングっていうのはアメリカでは多いらしく、他でも普通にやっている、というのを聞いたことがあります。
サンタバーバラの教会での出来事に関しては、また、ブラザレンを書くことに疲れてきたときに書くことにしましょう。
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