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ここからはダービーの思想展開に関する個人的な想像ですが、『教会が世俗化し、堕落し、経済社会は当時の資本主義社会の問題点が非常に大きなものとなり、社会不安が増している中で、今が教会時代、恵みの時代であるとすると、これは終末が近いに違いない。今はまるで、ノアが箱舟を作った時代のようではないか。終末が近いとすれば、再臨と千年王国は近いはずだ、だとしたら、本当に救われるべき人たちに福音をもっと熱心に伝えるべきだ、今は世の終りなのだから』、ということで熱心に福音を語るエネルギー源にしたのだろうと思います。
以下も個人的な推測です。ジョン・ネルソン・ダービーは、19世紀の困難な時代とそこからの神の救済として、自分がまもなく発生すると考えた再臨を歴史的に位置づけるためにディスペンセーション論というアイディアを得たのだろうとおもいます。おそらく、第2コリント6章2節の今は「今は恵みの時、今は救いの日です」という聖句から、時代を区分することを思いついたのだと思います。それを何とか、分かりやすく、そして、聖書的だ、と自分が信じる形で説明できないか、それを考えていった結果、ディスペンセーション論になってしまった、ということだろうと思います。(でも、当時の時代環境で、ダービーと同じ環境におかれたら、私も同じように考えないとはいい切れないところが、怖いところです。その意味で、個人的にダービーを非難できないかな、と思っています。)
そのような意味で、ジョン・ネルソン・ダービー自身、再臨が近いという確信を持っていて(これも、Coadにも書いてあります)、彼が生きている時代に再臨がありそうだ、とかなりまじめに思っていたようです。少なくとも19世紀後半には、再臨がおきると思っていたようです。こういう再臨が近いと考えている思索家が現実に直面し、思索を深めていく中で、ディスペンセーション論という時代区分説が生まれてきた、という背景をある程度理解して、この説を考えたほうがよいかなぁ、と思っています。つまり、このディスペンセーション論も時代の申し子だと、考えています。時代と理論を切り離して考えるのは、個人的には危うさを感じます。
で、このディスペンセーション論が普及していくために大きな影響を与えたのが、スコフィールド版聖書(欽定訳、KJVに簡単な解説のついた版の聖書、オズワルド・J・スミスの本にこの版の聖書を読んでいるという記述があったような気がします。)ですが、この聖書がでたのが1909年。第1時世界大戦のちょっと前。この聖書が出た直後に発生した世界大戦は悲惨なものでした。第1次世界大戦までは、馬と人による戦いの時代。第1次世界大戦では、戦車、毒ガス、飛行機といった新兵器が登場し、最初数週間で終わる、とピクニック気分で始まったこの戦争も、新兵器による被害の拡大と悲惨な塹壕戦が数年も続く形で、延々と続いたわけです。ハルマゲドンとは、この戦争のことか、と思った人々もいたでしょう。終末がここでも強く意識された可能性は大だと思います。そして、その後、ヨーロッパでは、敗戦国ドイツでは、深刻な経済不況があった時代でした(だからナチスドイツが生まれたのですが)。
続く1920年代は、アメリカでは、ゴールデンエイジを迎え、人々の経済は活性化し、豊かさは増して行くものの、経済的繁栄を誇る都市部では、人々の教会に関する意識が薄れ、世俗的な豊かさに焦点が当たっていく時代となります。都市部での世俗的な反映の中で、聖書が忘れられていくことも少なくなかったのだろうと思います。それと同時に1920年代は、大恐慌が起こる直前。都市部の経済的繁栄からやや取り残される形でバイブルベルトと呼ばれる南部、中西部の人々の中では、聖書を中心とした敬虔主義が色濃く残っており、それらの人々に、このスコフィールド聖書の世界観は影響を与えたといえるでしょう。このあたりのことは、小原 克博他著 『原理主義から世界の動きが見える 』(PHP新書)に説明されています。中西部、南部のバイブルベルトで一種の社会の豊かさから置き去りにされた農業社会に住むの人々の聖書中心とした生き方が、1920年代のキリスト教原理主義を形作り、それを支えた聖書がスコフィールド聖書であり、それに記載されていた預言の聖書理解がディスペンセーション論だったということだろうとおもいます。
いずれにせよ、ディスペンセーション論は、社会不安や将来への不安を持つ時代の人々へ強いインパクトを与えたことは間違いないと思います。
ディスペンセーション論については、いろんなサイトがあるので、まぁ、適当に読んで概要をつかんでください。読んでいけばいくほど、訳が分からなくなるとは思いますが。再臨のあり方と千年王国との関係などについては、いろんなバリエーションやいろんな考え方、批判的なものも、肯定的なものも、並存しておりますので。それをいちいち整理して、評論することは、このブログの趣旨からは少し外れるので。
明日は、批判的な理由をある程度詳しくお話します。
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