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人を愛し、人から愛される存在なりたいと思ったとき、そういう
思いとなったとき、個人的なお勧めとしては、現代の日本社会で一
般的な風潮である「恋愛感情で盛り上がる」ようには、お勧めしま
せん。それよりも、まずそういう気持ちになられた方には、静まり、
神と共に相談するために、それぞれの方で「荒野に行きなさい」と
お勧めしたいと思います。
『荒野にいく』というのは、一旦自分の課題をおいて、静かに
そのことについて『神とあなたとの間で、考え、思いをめぐらし、
相談する』ことです。つまり、神の前にその問題を出してみて、冷
静に客観視してみることです。違う言い方をすれば、静まりの中で
『神のか細い愛の声を聞く』ことです。『荒野に行くこと』の意味
について、詳しくは、ヘンリ・ナウエンの著作「待つことの意味」・
「静まりからうまれるもの」を読んでいただければ、よく分かる
と思います。
『恋愛』は、パッションです。『勢い』です。なぜか。詳しくは、
水谷さんのブログ「命と性の日記〜日々是命、日々是性」のバック
ナンバーをずっとたどって欲しいのですが、
恋愛を捨てて結婚に挑もう(2007年12月12日)
http://blog.chiisana.org/?day=20071213
前後の記事のように、恋愛は条件付なものである可能性があるから
です。花火のように一瞬燃え上がるものであって、単なる思い込み
に過ぎない場合もあるからです。
『恋愛』というパッションだけに基づき、一時の勢いで決めてし
まうと、その後の人生を台無しにしてしまうことがあります。人生
は、60年とか70年です。恋愛感情を抱く15-25歳くらいまでの
人生は70年の人生のうち1/3ほどしかなく、そのうち、記憶や意識
がある時期は、10歳くらいからの5年から15年程度に過ぎないので
す。その短い期間の中で人からいわれたこと、他の人の行動、テレ
ビやラジオから入ってくる情報だけに基づいて人生を決めていいの
かなぁ、と思います。ある面、本人が責任を取り、正の影響も負の
影響を受け入れる覚悟があるのであれば、そのようにすることも、
ひとつの方法ともいえます。しかし、そのパッションの結果に基づ
いた責任をあなたは一生負わないといけないとすれば、結構怖い
決断になるわけです。
その重要な決断を一時の気の迷いやその時代の社会背景や風潮
に大きく影響されて決めてしまうことは、私は望ましくない、と
思っています。気の迷いや風潮であれば、変わります。
だからこそ、真剣に祈って考えることが重要だと思うです。
それは、私がじい様だからかもしれません。でも、自分の人生を
大切にすることは、大事だと思うのですけれども。
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