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「恋愛」感情は、パッションであり「勢い」なのですが、「片思い」であ
れば、当事者は原則一人ですが、相互に同じ感情を抱く場合には当事者は二
人になり、当事者同士が相互に責任を負い合う形になります。それも、結婚
という一生かけて実現していく大事業へのつながり兼ねない要素を持った感
情、パッションという側面もあるように思います。
しかし、結婚が一生かけて実現していく大事業であるとすれば、それだけ、
慎重さも求められるように思います。もちろん、刹那的に一瞬、一瞬の判断
の積み重ねで生きていく、という無謀な生き方を好まれる方もあることはよ
く分かります。しかし、人生をかけた大事業であることを考えたとき、マタ
イ14章にあるように十分な検討をすることは、普通の人の感覚だろうと思い
ます。慎重であることは、重要だと思うのです。
「塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、
その費用を計算しない者が、あなたがたのうちにひとりでもあるでしょう
か。基礎を築いただけで完成できなかったら、見ていた人はみな彼をあざ
笑って、『この人は、建て始めはしたものの、完成できなかった。』と言
うでしょう。」
その大事業を始めるにあたって、十分な検討を神の前で冷静にするために、
「荒野に行く」・「神の前に静まり、よく考え、祈る」ということが重要な
のだと思います。神を意識しながら、考えるということは、祈ることの一つ
の形態だと思うのは、私だけでしょうか。
周囲の声、親の意見、キリスト集会の人々の意見、相手の考え方、自分の
考えも大事ですが、まず、神とあなたとで、その問題について、静まりの中
で神と共に考えることが大切だと思います。期間はとくにはないですが、最
低2週間から3ヶ月くらいは、かける事がいいのかなぁ、と思います。パッ
ションで盛り上がっているときには、厳しいかもしれませんが。
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